後輩/マネージャー/柳視点
夏の暑い日射しが容赦なく照りつける中、練習に励む部員達を少し離れた場所から観察する。
対戦相手のデータは勿論の事、自分達の状態も詳細に把握しておく必要があるからだ。
だが、無意識に目は彼女の姿を追ってしまう。
そうして目にした光景に、自分の眉間に皺が寄るのを自覚して彼女から視線を外した。
マネージャーという立場上、彼女が部員達と何らかの会話を交わすのは極めて当然の事だ。
そう頭では理解しているものの、つまらない嫉妬をする自分の感情の動きを抑えられない。
「全く、情けないものだな…」
思わず洩れた小さな呟きは誰にも聞き取られる事無く、熱せられた空気に溶けた。
一体いつから彼女の姿を目で追うようになったのだろうか。
特別な切っ掛けなど、何も無かった筈だ。
ただ彼女に心を奪われたという事実だけがある。
そして、彼女の事は予測出来なくなった。
これまでに蓄積されたデータならばある。
だというのに、彼女の事は解らなくなるばかりだ。
「どうした?」
不意に近付いてきた足音に振り返ると、其処には彼女が立っていた。
「練習メニューのことで相談があるのですが、よろしいですか?」
「ああ、構わないが。」
いくつかの疑問が頭を掠め、俺は少し訝りながら頷いた。
「それで、具体的には…」
部室のドアを押し開けながら、自分の後に続く彼女を振り返る。
「ありませんよ、相談なんて何も。」
僅かに首を傾げて笑った彼女の背後のドアが閉まる音がやけに響いた。
「どういう…」
問い掛けようとした俺へと彼女の両手が伸びてきて、ジャージの襟元を掴まれた。
予期せぬ行動に戸惑う俺は、容易く彼女に引き寄せられる。
そして、目の間に迫るのは――
「 」
触れ合ったのは、ほんの一瞬。
直ぐに彼女の熱は離れた。
「……何、を…」
右手で口元を覆う。
一瞬で全身が熱くなり、脈が異常に速い。
「あんまり拗ねないでくださいね?」
微動だに出来ずにいる俺に向かって彼女は悪戯っぽく微笑むと、まるで何事も無かったかの様に部室を出て行った。
「…っ、……心臓が…止まるかと…っ」
汝は我を死せしむ
(2011.05.27)
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