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後輩/ヒロイン視点


最近になってようやく暑さが和らいできた。

放課後、私は屋上庭園の花壇のそばにあるベンチに座っていた。

だんだんと咲く花の種類は減ってきているけれど、花壇にはまだいろんな花が咲いていて、目を楽しませてくれている。

こうやって、花壇の手入れを終えた後に花を眺めながら紅茶(缶のだけど)を飲むのが、私の楽しみの一つだ。

(秋植えの球根、何か植えてみようかな?)

冷えているミルクティーを一口飲み、何が良いかなと考えをめぐらせる。

「うーん……迷うなぁ。」

「何がだい?」

急に声をかけられて、私はびっくりし過ぎて声が出なかった。

バクバクしている心臓を押さえながら、声がした方にゆっくりと顔を向ける。

「……幸村先輩。」

そこには穏やかな笑みを浮かべた先輩が立っていて、私はホッと肩の力を抜いた。

「ごめん、驚かせてしまったみたいだね。」

「いえ、私が勝手にびっくりしただけですから。」

話しながら横にずれると、先輩は私のすぐ隣に腰を下ろした。

肩が触れてしまいそうな程の距離に、鼓動が少し速くなる。

「それで、何を悩んでいたんだい?」

「悩みといいますか、もう少ししたら秋植えの球根を新しく植えようかなって考えていたんです。ちなみに、幸村先輩は何が良いと思います?」

「そうだなぁ……色々あるから迷ってしまうね。」

「ですよね。」

「とりあえず、冬から春先にかけて咲く花がもう少し欲しいよね。」

「そうですね。その時期は……花が少ないですし…」

何気なく口にされた『春』という単語に、チクリと胸が痛んだ。

「みょうじさん、どうしたの? なんだか、急に元気が無くなったみたいだけど。」

「そ、そんなことないですよ。」

自覚はないけれど、そんなに声に出ていたのだろうか。

「君は嘘が下手だね。それは君のいい所だと思うけど、無理は良くないよ。どうしたんだい?」

「っ、……いえ、その…」

顔を覗き込んできた先輩の視線から逃れるように、私は俯いて視線を手元に落とした。

手に持っている缶はいつの間にか温くなっていて、水滴が制服のスカートに落ち、そこだけ色が濃くなる。

「みょうじさん?」

静かに名前を呼ばれ、紅茶の缶をぎゅっと握った。

「春に花が咲いても……先輩とは一緒に見られない、から…」

「なんだ、そんな事か。」

先輩の声は、沈んだ私の声とは対照的なものだった。

(そうだよね。だって、先輩は私のことなんて別に…)

「中学も高校も同じ敷地にあるんだから、全く会えなくなる訳じゃないだろう? それに俺はこれからも君に会いに来るつもりだから。」

「……幸村、先輩?」

そろりと横を見れば、先輩はとても真剣な表情をしていて、私は息を飲んだ。

「俺は君が好きだ。だから、高校に行っても君との関わりを断つつもりはない。」

普段の柔らかい感じじゃない先輩の声に表情に、私は自分の体温が急激に上がるのを感じた。

「わ、私もっ…幸村先輩のことが……好きです。だ、だから…っ」

「うん、ありがとう。」

言葉に詰まる私に幸村先輩は柔らかく微笑んでくれた。



離れない結び目

(2011.04.15)

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