short


恋人/柳視点


暖かな春の陽光が降り注ぎ、時折ひらひらと薄紅色の花片が舞い落ちる。

背中に彼女の温もりを感じながら本のページを捲る。

二人の間に会話は無く、紙を捲る微かな音だけが聞こえる。

彼女と過ごす時間はいつも優しく穏やかだ。

誰かと一緒に居て、これ程心休まることがあるのだと、彼女に出会うまでは知らなかった。

「眠いのか?」

先程から彼女のページを捲る音が止んでいて、振り返らないまま俺に背中を預けている彼女に問い掛ける。

「……うん。…少し、ね。」

少し遅れて答えた彼女の声は本当に眠そうだった。

「起こすから、少しならば寝てもいいぞ。」

「…んー……」

曖昧な返事をして、彼女は俺の背中に寄りかかったまま体重を掛けてきた。

「蓮二も一緒に寝よう?」

「いや、俺は眠くない。」

「いいから…ね?」

「全く、仕方が無いな。」

形だけでも彼女に付き合うことにし、芝生の上に寝転がる。

向かい合った彼女は今にも眠りに落ちそうな瞳で俺を見ている。

「眠らなくていいのか?」

そっと彼女の頬に触れると、微笑みながら俺の手に自分の手を重ねてきた。

「手、繋いでいい?」

「ああ。握っていてやるから眠れ。」

頬に触れていた手を離し、彼女の手を握る。

「うん……じゃあ、お休みなさい。」

「ああ、良い夢を。」



程無くして、繋いでいる彼女の手からは力が抜け、微かな寝息が聞こえてきた。

彼女のあどけない寝顔を眺めていると、穏やかな風が吹き、一片の薄紅色の花片が彼女の髪を飾った。

静かに指先を伸ばしてその薄い花片を取り、自分が読んでいた本の表紙に挟んだ。

そして再び、眠る彼女を眺める。

濡羽色の艶やかな髪も透ける様な白い肌とそれに映える薔薇色の唇も、見ていて飽きない。

けれど、一番好きなのは俺を映す両の瞳だ。

今は閉じられている酷く優しい色をした焦げ茶色の瞳は、目覚めて一番に俺を映すだろう。

その瞬間が待ち遠しくて、俺は暖かな陽気に眠気を誘われることは無く、その目覚めを待っていた。



君ありて幸福

(2011.03.06)

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