同学年/白石視点
「大丈夫、やんな?」
間一髪のところで抱き止めた彼女に無事を確認する。
階段を踏み外してしまった彼女を、たまたま下にいた俺が受け止めたのだ。
「う、うん…」
「はぁ……良かった。…立てるか?」
安堵の溜息を洩らし、彼女から手を離す。
「うん、だいじょう…痛っ!」
「みょうじさんっ!」
立ち上がる途中で右足を庇って傾いた彼女の身体を慌てて支える。
「ご、ごめん!」
「ええって。それより、挫いてもうたみたいやな。ちょお失礼するで……よっと。」
片手を膝の下に差し入れ、もう片方の手を背中に回して彼女を抱き上げると、ビシリと固まってしまった。
「し、白石くん…っ」
戸惑ったような表情をしている彼女を安心させるように柔らかく笑いかける。
「すぐ保健室まで連れてったるからな。」
「えっ、あの…っ」
「遠慮せんでええから、な?」
落ち着かない様子の彼女を宥めて、昼休みの騒がしい廊下を歩き出す。
保健室に向かう間、彼女の髪からはほんのりとシャンプーの香がしてきて、俺はドキドキしているのを隠すので精一杯だった。
「ありがとう、白石くん。…保健の先生はいないみたいだね。」
運んできた彼女を長椅子に座らせると、保健室の中を見渡した。
「先生は昨日から出張でおらんねん。そんで、ちょうど今日の昼休みは俺が留守番を頼まれとるんや。」
「そうなんだ。」
「おん。手当ての準備するから、ちょお待っといてな。」
必要な物を棚から取り出しながら、こっそりと彼女の様子を窺えば、どうにも落ち着かなそうにしている。
(もしかして、俺と二人きりっちゅーのが嫌なんやろか?)
彼女を運んだ時といい、拒絶されてはいないものの距離を感じる。
(苦手に思われとる、とか? ……アカン、めっちゃ凹む。)
とはいえ、今は落ち込むよりも彼女の手当てが最優先だ。
患部に湿布を貼り、テーピングを巻き終え、彼女の足元に膝をついたまま顔を上げる。
「とりあえずは、これで大丈夫やと思うけど、後でちゃんと病院には行ったほうがええで。」
「う、うん…分かったよ。ありがとう、白石くん。」
僅かに俺から目を逸らす彼女に、胸が痛むのを感じながら立ち上がる。
「どういたしまして。お大事にな。」
「……あの、白石くん…」
背中を向けて片付けをしていると、彼女に控えめな声で呼ばれた。
「お礼がしたいんだけど、何がいいかな?」
随分と律儀な彼女に、俺は振り返らずに苦笑いを零す。
「そない気にせんでええよ。委員の仕事なんやし。まあ、そうやなくても怪我人はほっとけんしな。」
「でも…何かない?」
「んー、せやなぁ……そんなら、帰りは俺に送らせて欲しいんやけど。」
意外にも食い下がる彼女に振り返って、思い付いたことを言ってみる。
「えっ……ええと?」
「今日はチャリで来とるし、部活が休みやねん。せやから乗せてくで。」
彼女の怪我が心配だし、ついでに一緒に帰れたら一石二鳥というやつだ。
「そんな、悪いよっ 手当てしてもらったから大丈夫だしっ」
あわあわと両手を動かす彼女の頬に赤みが差すのを見て、俺はなるべく優しく笑いかけた。
「心配なんや、みょうじさんのこと。俺の為やと思うて、な?」
「っ、……じゃあ、よろしくお願いします。」
照れたような顔で目を逸らしてから頭を下げる彼女。
そんな反応に、俺は彼女の見られないように笑みを深めた。
恋への期待
(2011.02.19)
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