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幼馴染(同学年)/ヒロイン視点


私は教室のドアを勢いよく開けると、探すまでもなくすぐに見つかった目的の人物へと近付き、掴みかかった。

「ブン太! 彼女ができたってホント!? なんで私に黙ってたの!?」

教室にいる他の生徒たちがザワザワしているけど、そんなのには構っていられない。

「はあ? いきなり何だよぃ!? 離せバカ!」

ブン太の制服の胸ぐらを掴んだ私の手は、簡単に振り払われてしまった。

だけど、私の勢いは収まらない。

「いつから彼女いたの!? 水くさいじゃん! 幼なじみの私に言ってくれないなんて…っ」

「落ち着けよ! 何でいきなり俺に彼女がいることになってんだよぃ!?」

思いっきり怒鳴り返されて、私は少しだけ冷静さを取り戻した。

「さっき、学校に来たらクラスの子が言ってた。」

「何だよ、それ? ぜんぜん知らねーし。」

「聞きたいのはこっちなんだけど?」

気持ちはまだ収まらなくて、自然と声がトゲトゲしくなってしまう。

「だから、知らねぇって言ってるだろぃ。」

「……ホントに?」

面倒くさそうな顔をしているブン太をジッと見る。

「嘘つく理由がねーじゃん。」

ブン太は目をそらすことはなくて、本当に嘘は言っていないと思う。

「……そっか。そうだよね。良かった…。」

「なーに、あからさまに安心してんだよぃ?」

ホッとして胸をなで下ろしていると、ブン太が私の顔を覗き込んできた。

「ブン太に先越されなくて良かったと思って。もしそうだったら悔しいじゃん。負けたみたいで。」

少し早くなった鼓動と内心の動揺を悟らないように、私はいつもの憎まれ口をたたいた。

自分の教室に向かって廊下を歩きながら、私は不安になっていた。

(あとどれくらい、そばにいられるのかな。)

始まりなんて覚えていないけれど、いつの間にか芽生えた想いを私は伝えられずにいる。

だって、言えるわけがない。

ずっとそばにいたから嫌でもわかってしまう。

私がブン太に対して持っているのと同じ感情を、ブン太は私に対して持ってなんていない。

だから、私が想いを告げたら、きっと二人の関係は壊れてしまう。

そばにいられなくなってしまう。

全てを失うくらいなら、なにも言わずにいたほうがいい。

臆病な私はまだ選べないから。

進むことも諦めることも。

だから、幼なじみという関係にあと少しだけ甘えさせていて欲しい。


● ● ●


「あれ、珍しいじゃん。こんな時間まで学校にいんの。」

校門から少し歩き出したところで、ブン太に後ろから声をかけられた。

「友達と一緒に宿題やって、それからおしゃべりしてたから。」

本当のところは、ブン太のことで話を聞いてもらっていたんだけど。

「女って、何でそんな話すことあんのか分かんねー」

「いろいろあるの。」

自然と隣に並んで歩き出す。

こうして一緒に歩けるのは、“幼なじみの特権”というやつだろう。

でも、いつまで有効なのだろうか。

わからないけれど、もし本当にブン太に彼女ができたら、その時は…

「おい!」

ブン太が私の肩を抱き寄せた、次の瞬間、私のすぐ横を自転車がすごい勢いで通り過ぎていった。

「あっぶね。…大丈夫だったか?」

「う、うん……ありがと。」

「ああ。お前も気を付けろよぃ。けっこう鈍くさいんだから。」

「仕方ないじゃん。後ろから来てるのなんて見えないもん。だいたい、私はそんなニブくないし。」

あきれたように言われて、つい言い返してしまう可愛くない私。

「お前って、ホント可愛くないのな。もっと素直に聞けねぇの?」

「っ! そんなのわかってる。ってか、ブン太にそんなこと言われたくない!」

自分でも気にしていることなのに。

「そんなに怒ることかよぃ? 幼なじみとして親切で言ってやってんのに。そんなんじゃ男できねーって。」

「っ、…なによ、……私は好きでブン太と幼なじみなんてやってないのに!」

「んだよ、それ。そこまで怒ることねーだろぃ!?」

「怒ってない!」

「怒ってんだろうが!」

「違う! 私はっ…、私はブン太が好きだって言ってるの!」

「は? 何だよ、それ。何の冗談…」

言ってしまってから自分の口を手で押さえるけれど、もう遅い。

一度口にしてしまった言葉は取り返しがつかない。

だったら…

手を強く握り締め、そらしたくなるのをこらえてブン太の顔を見る。

「ブン太、私……私ね、ブン太のこと…っ」

「やめろって! ……そんなこと言われても俺、どうにもできねぇよ。」

伝えることさえ拒まれて、私は言うべき言葉を失くした。

「…………ごめ、ん…」

なんとか一言だけを喉の奥からしぼり出し、私はその場から逃げるように走り去った。

そんな私を、ブン太は追いかけて来てはくれなかった。


(2010.12.21)

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