先輩/マネージャー/ヒロイン視点
「いつもいつも子供扱いしないでよねっ」
少し乱暴に私の頭を撫でてくる白石の手をむくれながら振り払う。
「ま、しゃあないなぁ。自分の頭がちょうどええ高さにあるもんやから。」
「もうっ」
「そないに怒らんでもええやん。怖いなぁ、みょうじは。」
無駄に爽やかに笑った白石は部室へと入っていった。
「邪魔ッスわ、みょうじ先輩。」
「っ、……財前。…ご、ごめんね。」
後ろから聞こえた不機嫌そうな声に身体が強張る。
「ホンマ腹立つ。」
私の横を通り過ぎる財前がぼそりと呟いた言葉は、しっかりと聞こえていて、酷く気分が落ち込んだ。
(また、やっちゃった…)
息苦しさから解放され、私は大きく息を吐き出した。
私は自覚したばかりの自分の感情を完全に持て余していた。
財前の前だと平静でいられない。
普通にしようと思えば思う程に空回りして、ぎこちない態度になってしまう。
(気分悪くしてるよね…)
つい先程、乱暴に閉められた部室のドアを見て、私はもう一度ため息をついた。
● ● ●「今日こそは平常心。平常心だよ、私。」
部活前に部室の簡単な掃除を終えた私は、気持ちを落ち着けるために深呼吸をした。
ちゃんと、普通に接しなければ。
「このままじゃ、嫌われちゃうよね…。」
自分で言った言葉に、急激に落ち込んでいく。
「だめだめ! 落ち込んでる場合じゃない!」
「なに一人でデカイ独り言言うてはるんスか。」
「うきゃあ!?」
突然した声に驚いて、大きく肩が跳ねた。
「ざ、財前クン……お、お早いデスね。」
ぎこちなく振り返ると、いつの間に部室に入って来たのか、制服姿の財前が怪訝そうな顔で私を見ていた。
「なんで敬語な上に片言なんスか。暑さで頭沸いたんちゃいますか。」
「そっ…そんな、コトない…ですよ?」
落ち着こう。
とにかく落ち着こう。
――そう思っているのに。
「あ、あの? 何で近付いてくるのかな?」
いつもの無愛想な表情のまま財前が無言で距離を詰めてくるから、私は反射的に後ずさってしまう。
(ただでさえ普通に出来ないのに近付いて来るとか…っ)
それほど広くない部室の中、すぐに私の背中は壁に当たってしまった。
「…っ、……近いよ。」
目の前に立った財前は後ろの壁に手をつき、上から私の顔を覗き込んできた。
その視線に耐えられなくて、私は自分のジャージの胸元を両手で握り締めて俯いた。
(心臓が持たない…っ)
「なんで急に……俺には笑うてくれへんようになったんですか?」
聞いたことのない揺れた声に驚いて、私は俯いていた顔を上げて財前を見た。
「他ん奴にはムダに愛想振りまいとるクセに……めっちゃ腹立ちますわ。」
吐き出される刺のある言葉とは裏腹に、財前は辛そうに顔を歪めていた。
何か言わなければならないと気持ちだけが急き、言うべき言葉は見つからない。
でも、言わなきゃ。
本当のことを――
「ごめんね。……私、財前のこと……好き、だから…変に緊張しちゃって…」
「…………は?」
財前が驚いているのを見て、私はおそらく真っ赤になっているだろう自分の顔を両手で覆った。
言ってしまった。
こんなふうに告白することになるなんて。
「ホンマなんやねん、自分。」
「っ、……ごめっ、なさぃ…」
酷く苛立たしげな声を隠そうともせずに言われ、私の気持ちは迷惑だったのだと理解する。
目の奥が熱くなる。
「いきなり告白するとかワケ分からんし。」
「……なん、で…?」
軽い衝撃と共に自分じゃない体温を感じて、財前に抱き締められたのだと少し遅れて理解した。
「少しくらい黙ってられへんのか。俺の前やと急に大人しゅうなるクセに。そもそも、この状況から察したってくださいよ。」
「な、なにを…? っ、……ね、苦しっ…離して…」
財前の腕の力が強くなって痛いくらいに抱き締められ、私は身を捩った。
「誰が離すか、ボケ。離すワケないやろ。」
「財前…? あの…」
「みょうじ先輩、ホンマ鈍過ぎッスわ。」
私が戸惑っていると、溜息混じりの呆れたような声と共に両肩を掴まれ、身体を離された。
そろそろと財前を見上げると、なんだか怒ったような顔をしていた。
でも、その目元はほんのりと赤らんでいたから、全然怖くなかった。
「お前が好きや言うてんのや。いい加減気付けや、アホ。」
すごく乱暴に言われたけれど、そんなことはどうでも良かった。
伝えられた気持ちが、ただただ嬉しかった。
「私も財前が好きだよ。大好き。……わっ」
自然と笑顔になって言ったら、再び財前に抱き締められた。
「ホンマなんやねん。……可愛過ぎや。」
私の肩口に顔を埋めている財前の表情は分からなかったけれど、頬と耳がはっきりと紅くなっているのが見えた。
気付かない恋
(2010.11.30)
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