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同学年/ヒロイン視点


放課後の誰もいない教室で窓際に立った私は、刻々と色を変えていく空をぼんやりと眺めていた。

「……はぁ…」

無意識に口から零れた溜息は深い。

どうして――

好きになってしまったのだろうか。

手の届かない存在だと分かっていたのに。

気付いた時には、もう手遅れだった。

早く諦めたほうがいいと頭では分かっている。

だけど、心が、そう動いてくれない。

「酷い顔。」

窓ガラスに映る情けない自分の表情に苦笑する。

何となく触れてみた窓ガラスは少し冷たかった。

「ホントじゃな。」

後ろから声が聞こえたのと同時、窓ガラスに触れている私の右手に重ねられた自分のものではないそれ。

「…っ、……仁王、くん…?」

突然のことに頭がついていかないけれど、この声が誰のものなのかは分かった。

聞き間違えるはずがない。

「ああ。」

仁王くんは私の手に上から指先を絡めて、肩に顎を乗せてきた。

少しパサついた仁王くんの髪が、私の首筋と頬を擽る。

有り得ない状況に、心臓が異常な速さで動く。

「のぅ、みょうじ。いい加減、言うてもいいと思うんじゃけど?」

耳元でする声に、顔が熱くなる。

「見てるだけじゃ、欲しいもんは手に入らんぜよ。」

「っ!」

その言葉に、心臓が一際大きく脈打った。

窓ガラスにうっすらと映る仁王くんと目が合う。

(見透かされている。)

心臓を鷲掴みにされたような感覚に襲われた。

咄嗟に俯いて、窓ガラスに反射して写っている仁王くんの視線から逃れる。

言葉を失っていると、今度は肩に仁王くんの左腕が回され、後ろに抱き寄せられた。

さらに身体が密着して、本当にもう、心臓が壊れそうだ。

「早く言ってくれんかのぅ?」

まるで、私の言葉を欲しがっているみたいな言い方をする仁王くん。

それはどうして?

私は期待をしてもいいの?

分からない。

分からないけれど、これは最初で最後のチャンスなのかもしれない。

どうせ叶わないと思っていた恋だ。

思い切って打ち明けてしまえばいい。

それで振られたなら、この気持ちに諦めがつくだろう。

深く吸った息を吐き出し、暴れる心臓を何とか落ち着かせる。

ちゃんと仁王くんの顔を見ることは出来なくて、私は俯いたまま口を開いた。

「私…仁王くんの、こと……好きなの。だから、その……私と…付き合って、ください…」

たどたどしいながらも自分の気持ちを伝えると、仁王くんの笑った気配がしたような気がした。

「…ああ。」

それは肯定なのか、判断がつかない。

「その……仁王くんは、私のこと……、…っ!?」

突然、項に湿った感触がして身体が大きく跳ねた。

「な、なっ、ななな、舐めた!?」

ぐるりと振り返って、仁王くんを見上げる。

「自分のもんには唾付けとかんと。」

「い、意味っ、分からない…っ」

(いきなり何するの、この人は?!)

さっきから、心臓がいくつあっても足りない。

「でも、俺の答えは分かるじゃろ?」

項を手で押さえる私に、仁王くんは意地悪そうに笑った。

確かに、全く分からない訳じゃない。

だけど、自信がない。

言葉にしてもらわないと不安になってしまう。

私には、奇跡みたいなことだから。

「どうしても、言ってくれないの?」

祈るような気持ちで仁王くんを見つめる。

「そんな顔したらダメじゃよ。もっと苛めたくなるじゃろ。」

急に仁王くんの顔が近付いてきて、私は反射的に目を瞑った。

だけど、予感していた唇への感触は無くて、ゆっくりと目を開ければ、至近距離にある仁王くんの顔。

「どうしたん?」

仁王くんの息が唇にかかって、またギュッと目を瞑って下を向いた。

「何でも、な…」

言い終わらないうちに、頬に添えられた仁王くんの手に上を向かされ、唇を重ねられた。

驚いて身を引こうとしたけれど、背中には窓があって逃げられない。

私の腰に回った腕に、身体を仁王くんのほうにぐっと引き寄せられる。

段々と熱を帯びてくる口付けに、私は崩れ落ちそうになって、仁王くんに必死でしがみ付いた。



意地悪な貴方

(2010.11.24)

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