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先輩/マネージャー/日吉視点


電車が揺れ、右肩に小さな衝撃と少しの重みを感じた。

少し首を動かして横を見れば、彼女が俺の肩に凭れ掛かって眠っていた。

眠くなってしまう気持ちは分からないでもないが、無防備すぎる。

「全く…。」

溜息混じりに小さく零し、彼女の膝の上から落ちかけている本に手を伸ばす。

彼女の手から栞を抜き取って読みかけのページに挟んで本を閉じる。

それを自分の膝の上に置いて落ちないように左手で押さえた。

これが“いつものこと”になったのは、いつからだっただろうか。

同じ部活で乗り降りする駅も同じだから自然と一緒に帰るようになっていた。

しかし、いつでも経っても慣れない。

肩に感じる確かな温もりと微かに香る彼女の香りが、俺を落ち着かなくさせる。

けれど、この日常は後少しで終わりを告げる。

ちらりと目線だけを動かして彼女を見れば、規則正しい寝息を立てていた。

もう少しだけ、彼女に触れたい。

俺は座席のシートに投げ出されている彼女の左手に自分の右手をそっと重ねて指を絡めた。

初めて触れた彼女の手はほっそりとしていて、温かった。

力の抜けている彼女の手は俺の手を握り返してはこないが、こんな些細なことに自分の気持ちが浮ついているのが分かる。

「っ!!」

不意に、彼女が俺の手を握り返してきて息を飲んだ。

乱れた鼓動を鎮められないまま彼女の方を見ると、その目蓋は閉じられたままだった。

彼女が眠っていることに安堵し、俺はゆっくりと息を吐き出した。

だが、煩い程の鼓動は簡単には治まらず、手の平も汗ばんでいる。

それでも俺は彼女の手を離したいとは思わなかった。



降りる駅が近付き、俺は名残惜しく思いながら繋いでいた彼女の手をそっと離した。

失った温もりが寂しいなどという情けない感情を無理矢理に振り払う。

「起きて下さい、みょうじさん。着きますよ。」

肩を軽く揺すると、彼女はゆっくりと目を開けた。

「……ん、…もう?」

「ええ。…ちゃんと起きて下さいよ。」

預かっていた本を彼女に差し出す。

「うん、大丈夫。……いつもありがとう。」

「…いえ。」

まだ少し眠そうな顔で柔らかく微笑む彼女から、俺は僅かに視線を逸らした。

「ねぇ、日吉……この後、少し時間もらっていいかな?」



駅を出た後、俺達は近くの公園に寄り、ベンチに少し間を空けて座った。

「もうすぐ……私たち3年生は引退しちゃうね。」

どこか寂しげな響きを含んだ声でそう言った彼女は、茜色に染まり始めた空を見上げた。

それを視界の端で捉え、俺は彼女と同じように空を仰いだ。

「そうですね。……なっ!?」

急に自分の手に重ねられた彼女の柔らかな手を、俺は思わず乱暴に振り払ってしまった。

「私が眠ってないと手は繋いでくれないの?」

知られていた、という事実に胸が早鐘のように鳴る。

「起きて、いたんですか…?」

一体いつからだ。

「途中からね。……それより答えて、日吉。」

彼女が真っ直ぐに見つめてくるから、俺は酷く居た堪れなくなる。

「知りませんよ。」

彼女から顔を背け、俺は吐き捨てるように言った。

顔が熱い。

「そう。……でも私は、日吉と手を繋いでいたいよ。ずっと隣にいたい。だって、私……日吉のことが…」

「すみません。」

震える声で告げられそうになった言葉を遮り、俺は彼女に向き直った。

「ごめん。迷惑、だったよね…」

「違います。そうじゃない。」

今にも泣きそうな顔をして俯いた彼女の手を自分の両手で包み込んだ。

「ひ、よし…?」

恐る恐る上げられた彼女の顔を、今度は真っ直ぐに見つめる。

「俺は、あなたが…」



ずっと君と

(2010.11.19)

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