恋人(同学年)/ヒロイン視点
今回も待ち合わせ場所に早く来てしまった私は、橙色から紺色へと淡いグラデーションに染まっている空を見上げていた。
9月に入ってもまだ暑さは残っているけれど、空のほうは一足早く秋の訪れを告げている。
軽い下駄の音が聞こえて、そちらに顔を向けた私は笑顔になって駆け出した。
「千里くん!」
「なまえ、今日も早かね。」
苦笑いをこぼした千里くんが私の頭に手を伸ばそうとして止めたのは、髪型が崩れないように気を遣ってくれたのだろう。
でも少し残念だなと思っていたら、すりっと手の甲で頬を撫でられた。
「やっぱり似合うとる。…綺麗か。」
「……ありがとう。」
褒められるのは嬉しいけれど照れてもしまって、触れられた頬がじんわりと熱を持つ。
「千里くんも浴衣似合ってるし、格好いいよ。」
誘ってくれた時には何も言っていなかったから嬉しい驚きだ。
「あー、なまえが喜んでくれたなら良かったと。」
自分が言われるのは千里くんでも照れるのか、私から少し視線を外す。
それに私は小さく笑って千里くんの右手を両手で握った。
「それじゃあ行こうよ。……ね、早くっ」
千里くんを見上げたまま握った手を軽く引っぱる。
「ほんなこつなまえは…」
言葉の途中で身を屈めた千里くんの唇が私の唇をそっと掠めた。
「い、今…っ」
こんな道の往来で何てことをするのだと、呆然としながら口元を右手の指先で隠す。
耳まで熱い。
「誰も見とらんけん、大丈夫ったい。」
「そういう問題じゃあ…」
「ほんなら早う行くばい。」
私の抗議を無視した千里くんが私の左手を取って歩き出す。
「……もうっ」
形だけ怒ってみせてから、私はゴツゴツした大きな手を握り返した。
「ずいぶん楽しそうやね。」
「うんっ この間は花火だけだったから。」
この間――夏休み中にあった花火大会の時は一緒に夜店を回って欲しいとまではお願い出来なかった。
思い出が欲しかっただけの私は、二人で花火を見た後に身勝手だけど自分の気持ちを伝えて終わりにするつもりだったから。
だけど今、隣には千里くんがいてくれる。
「どこから回る? というか、ぜんぶ一周するよね?」
「ちゃんと付き合うけん、ちと落ち着きなっせ。」
すっかり浮かれてしまっている私に、千里くんは微笑ましいものを見るような目を向けるから、なんだか恥ずかしくなる。
「何か、ごめんね。はしゃいじゃって…」
「そげん謝らんでよかたい。端から順番に見てくっちゅうんでよか?」
「うんっ」
私は弾んだ声で頷いて、千里くんの手を握り直した。
いろいろ食べたり遊んだりした後、私たちは目的なくブラブラしていた。
だいぶ混んできた道を歩きながら、袋から取り出したベビーカステラを口に運ぶ。
まだ温かくてふわふわのカステラはほんのり甘くて、どこか懐かしいような味だ。
「千里くんも食べない?」
繋いでいないほうの手でベビーカステラの袋を持ってくれている千里くんに声をかける。
「食おごたる。やけん、なまえが食べさせてくれんね?」
「……うん。」
お互いに片手しか空いていないから、そうするしかない。
手を繋ぐのを止めればいいとは分かっているけれど、それはお互いに言わなかった。
まだ中身がたくさん入っている袋からカステラを一つ摘まんで、こちらに顔を寄せている千里くんの口元に持っていく。
身長差の所為もあって、歩きながら食べさせるのは少し大変で、精いっぱい腕を伸ばす。
「はい、どうぞ。」
ぎりぎり届いたカステラを半分程くわえた千里くんは器用にそれを口の中に運ぶ。
「ありがとうね。」
「どういたしまして。…落ち着かないし、人の少ない場所に移動しようか?」
ここは打ち上げ場所から近いから、よっぽど遠くに行かない限り花火は見られるのだ。
「そうたいね。一通り回ったけん、ちと休むたい。」
今回は二人でお祭りも満喫したし、この後の花火も楽しみで、私は相変わらず浮かれていた。
夏の思い出
(2024.08.10)
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