恋人(同学年)/ヒロイン視点
「国光くん見ーつけた!」
昼休みの廊下を歩いている彼氏の後ろ姿を見つけた私は、学ランの背中に飛び付いた。
「油断大敵だよ。」
「……なまえ。」
首だけ振り向いた国光くんは眉を寄せていて、怒られないうちにパッと身体を離す。
「何故いつも抱き着くんだ。普通に声を掛ければいいだろう。」
「うーんと、……抱き着きたくなる背中だから?」
私が笑いながら答えると、国光くんの眉間のしわが深くなってしまった。
「どうにも理解しかねるな。」
「頼りがいのある背中してるから、ぎゅーってしたくなるんだよ。」
「あまり聞きたくはないが、他の…」
「国光くん以外の人にはしないよ。する訳ないでしょ。」
続くだろう言葉を遮って、きっぱりと否定する。
子供っぽいことをしている自覚はあるけれど、あくまで国光くんが相手だからしているだけだ。
「そうか。」
国光くんの眉間のしわが緩んだのを見る限り、私の言葉を信じてくれたようだ。
「そうだよ。それで、どこに行くの?」
「教室に戻るだけだ。」
「じゃあ、予鈴までおしゃべりしようよ。何か飲み物でも買って…」
「分かったから引っ張るな。」
学ランの袖を掴まれて少し困ったような顔をする国光くんに、私は締まりのない笑顔を向けるのだった。
● ● ●午後からは時間があるということで、私は日曜日のお昼過ぎに国光くんの家に遊びに来ていた。
ご家族は留守だそうで、国光くんがコーヒーの準備をしてくれていて、私はリビングで大人しく待っていた。
だけど、キッチンに立っている後ろ姿を見ていたら、悪戯心がうずうずしてきてしまった。
そっとソファーから立ち上がって、息をひそめてキッチンのほうに近付いていく。
腕を組んでコンロの前に立っている国光くんの背後まで移動したけれど、気配には気付かれていないようだ。
私は笑いを噛み殺して、国光くんに背中から抱き着いた――つもりだったのに。
気付けば、私は国光くんの胸に飛び込んでいた。
キツネにつままれたような気分で国光くんを見上げる。
「なんで…?」
「気配を感じたからな。」
冷静に言う国光くんだけど、私は腑に落ちなくて首を傾げた。
「いっつも気付かないのに?」
「俺がいつも隙を突かれていると本気で思っていたのか?」
きょとんと目を丸くした私の頬を、国光くんは手のひらで優しく撫でる。
「言っておくが、全く気配を殺せていないぞ。」
「そうなの…?」
知らされた事実に軽い衝撃を受けつつ、新しい疑問が浮かんでくる。
それなら、これまでは私の悪ふざけに付き合ってくれていたということなのだろうか。
「どうして…」
「分からないか?」
じっと目を覗き込まれて、国光くんから目を離せなくなる。
(少なくとも嫌じゃなかったから、だよね。)
もしかして、私に抱き着かれるのが嬉しかったりするのだろうか。
人前でベタベタし過ぎると窘められるけれど、二人きりの時ならくっついても何も言われないから、その可能性もなくはない。
(愛されてるよね。)
自惚れたことを考えつつ、指先で頬を撫でられて目を細めていると、国光くんが小さく息を吐いた。
次にお湯が沸いてきた音がしたと思ったら、国光くんは後ろ手にコンロを消した。
「お前は本当に…」
後半は何て言ったのか聞き取れなかった。
聞き返そうと口を開く前に、国光くんの手が背中と頭の後ろに添えられて、傾けた顔が近付いてきた。
反射的にきゅっと目を瞑ると、唇に温もりが触れた。
触れた唇が優しくて、この温もりに離れて欲しくなくて、私は両手を国光くんの首に回した。
油断しないで
(2024.06.30)
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