※未来設定、悲恋
年上/財前視点
俺が彼女を好きになった時、彼女には付き合っている相手がいた。
当然だ。
自分の恋人だと、あの人に紹介されたのだから。
本当にバカだと自分でも思う。
よりにもよって彼女を好きになってしまうなんて。
会うことがなければ忘れられたのだろうが、あの人が何かと俺を気にかけるから、自然と彼女とも仲良くなってしまった。
彼女への想いを消せないでいる俺に、二人が婚約したことを教えてきたのは、おせっかいな先輩だ。
二人を祝うための食事会を仕事が忙しいと断った俺は、彼女とあの人が住んでいるマンションの前に来ていた。
「婚約おめでとうございます。ってことで、これがお祝いの品ですわ。」
勧められるままに部屋に上がらせてもらい、店で包んでもらったシャンパンを彼女に手渡す。
形に残るものにはしたくなかった。
「ありがとう。」
「大したもんやなくて悪いッスけど。」
「そんなこと言わないで。お祝いしてもらえて嬉しいよ。」
柔らかく笑う彼女はやっぱり眩しく見えて、胸が締め付けられる感覚がする。
「財前くんはコーヒーだよね。淹れてくるから少し待ってて。」
「お構いなく。」
決まりきった言葉を返して、用意されたクッションの上に腰を下ろす。
二人が住んでいる部屋は落ち着いた雰囲気だが、俺にはあまり居心地が良くない。
手持ち無沙汰待っていると、程なくして彼女がキッチンから戻って来た。
「はい、どうぞ。」
「ありがとうございます。」
俺の前にマグカップを置いた彼女の左手の薬指にはキラッと光るものがあった。
「それッスか、婚約指輪。」
「うん、そうだよ。最近は省略する人も多いらしいから無理しなくていいって言ったんだけどね。」
彼女は愛おしそうに目を細めて、中央にダイヤモンドが鎮座している繊細なリングを指先で撫でた。
「あの人、みょうじさんのこと大事にしてはりますからね。」
「…うん。たまに、大事にされすぎてるような気もするけど。」
「堂々と惚気ッスか。参りますわ。」
「あっ、ごめんなさいっ そんなつもりじゃなかったんだけど…」
「分かっとりますよ。」
無意識に優しい顔をするくらいに、彼女があの人のことを好きで好きで仕方がないということは。
俺がどんなに彼女を想っても意味がないことも、よく分かっている。
「実はもう一個プレゼントがあるんスけど……ちょっと目ぇ瞑ってもらえません?」
「うん、わかった。」
何も疑うこともなく素直に目を閉じる彼女は、相変わらず俺のことを男として見ていない。
でなければ、あの人がいないのに俺を部屋に入れたりしないだろう。
口元を歪めた俺は音を立てないように移動して、彼女の横に膝をついた。
「財前くん…?」
気配に気付いたのか、目を閉じたままの彼女をこちらに顔を向ける。
小さく首を傾げる無防備な彼女の額に、俺は一瞬だけ自分の唇を押し当てた。
「え…」
驚いた彼女が目を開けて俺を見る。
「あの、今…」
「知らへんのですか? 祝福の意味があるらしいッスよ。」
なんてことはない、という風に返す。
「そうなんだ…?」
自分の所為で頬を色付かせた彼女を抱き締めたくなるのを堪えて立ち上がる。
「ほな、他にも用事あるんで、そろそろ失礼しますわ。」
本当は予定なんてないが、ここに長居してもいいことはない。
「そっか。もう少しで帰ってくると思うんだけど、用事があるなら仕方ないね。」
「別に今日やなくても会う機会はありますし。みょうじさん……幸せに、なってくださいね。」
「ありがとう、財前くん。」
彼女があんまり眩しく笑うから、これで良かったんだと思えた。
君を祝福します
(2024.06.15)
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額へのキスの意味は「友情」「祝福」「賞賛」らしいです。