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同学年/ヒロイン視点


この学校の図書室には妖精が棲みついている――というのは、もちろん冗談だ。

そうではなく、【図書室の本に悩みを書いた手紙をはさむと返事が来る】という噂がある。

実際に試してみて返事を貰った生徒の話もいくつか出回っている。

そうなると誰が返事を書いているのか気になるものだけど、私はその正体を知っている。

知ったのは完全に偶然だったけれど。

「今日は返事を書いてないんだね、妖精さん。」

本に手を伸ばそうとしていた妖精――ではなく、柳くんに私は本棚の間の通路から声をかけた。

「みょうじ。」

困ったように少し眉尻を下げた柳くんが、後ろで手を組んで立っている私のほうに顔を向ける。

そんな表情が可愛いと思ってしまう私は性格が悪いのかもしれない。

「その呼び方はどうかと思う、と以前も言った筈なのだが。」

不愉快という様子はなく、戸惑っているらしい柳くんに笑いかける。

「可愛くていいと思うんだけどな。」

それと、自分しか使わない呼び方というのは、なんだか特別な感じがする。

所詮は私の自己満足でしかないけれど。

「『可愛い』というのは、俺にとって誉め言葉ではないからな。大体、似合わないだろう。」

「もしかして、私に褒められたかったりするの?」

そんなことはないと分かっているけれど、ふざけて首を傾げながら聞いてみる。

「いや、そういう話ではない。」

「私としては褒めてるつもりなんだけどね。『可愛い』っていうのは。」

否定の言葉は聞き流して、やっぱり少し笑いながら言うけれど、これは本当のことだ。

「ふむ。」

腕を組んで顎に片手を当てながら考え込む柳くんの黒髪が窓からの光でつやつやと輝いている。

「一般論だが……」

「うん?」

「女性が男性に『可愛い』という場合は、好意的な感情を持っている場合が多いらしいな。」

こんなふうに追求されるとは思っていなかったから動揺したけれど、私はどうにか表情を取り繕った。

だけど、後ろで組んでいる手には僅かに力が入ってしまう。

「基本的には、そうだろうね。」

「それで、お前の『好意』はどれに該当…」

「知りたい?」

その言葉を途中で遮って数歩分あった柳くんとの距離を詰める。

私がすぐ近くに立つと、柳くんは私に向き直った。

背の高い柳くんの顔を下から覗き込む。

柳くんが微かに怯むような気配がしたのは気のせい、だろうか。

「私は柳くんに恋愛感情を持ってるよ。」

にっこりと笑って好意の種類を明かすと、柳くんが僅かに目を見開いた。

すぐに目を閉じた柳くんは片手で口元を覆ったけれど、頬に赤みが差しているのは隠せていない。

本当に可愛いと思う。

可愛くて――愛おしい。

「そんな目で見ないでくれ。」

なぜか眉を落した柳くんの言葉に、目を瞬かせる。

一体、私はどんな表情をしていたのだろうか。

「降参だ。」

「えっと…?」

よく分からなくて、今度は自然と首が傾いてしまう。

そして、告白したつもりの私としては返事が気になる訳で、じっと柳くんを見つめる。

「柳くんは私のことをどう思っているの?」

「……本当に、負けたような気分だ。」

小さく溜息をついた柳くんだけど、その真意を測りかねる。

さっきの反応から、良い返事を貰えそうだと期待はしているけれど。

「お前には勝てない、という方が正しいかもしれないな。」

「それって、どういう…」

決定的な言葉を強請ろうと口を開いたところで、少し身を屈めた柳くんが私の耳元に口を近付けた。

「俺もお前が好きだという事だ。」



常に記憶したい

(2024.05.18)

 

冒頭の【図書室の本に〜】の噂は立海のテニス部ガイドからの引用になります。正体については触れられていませんが、おそらく……ということで書きました。

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