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同学年/マネージャー/ヒロイン視点


部活前の部室では、早く来たマネージャー数人が恋愛の話で盛り上がっていた。

いつも飽きないなと思いながら、私は聞くともなしに話を聞いていた。

「じゃあ、なまえはどんな人がタイプ?」

「……え、私にも聞くの?」

参加するつもりなんて全くなかったのに、急に話を振られてしまった。

「当然。こういうのは全員参加って決まってるの。…黙秘権はないからね。」

周りを見てみれば、みんな興味津々といった顔で私を見ている。

(期待されても困るんだけどな。)

どうやら逃げ道はないらしく、私は渋々口を開いた。

「目に見えないものを信じさせてくれる人、だよ。」

そう答えれば、予想通り、みんなは揃って“よく分からない”という顔をした。

「お前ら! くだらない話なんざしてねぇで、さっさと仕事をしやがれ!」

勢いよくドアが開けられ、中に入ってきたのは跡部だった。

跡部の登場に、みんな慌てて外に出ていく。

自分もそれに続こうとしたけど、

「みょうじは残れ。」

なぜか呼び止められてしまった。

「何、どうかしたの?」

跡部は私の問いかけには答えず、こちらに歩み寄ってきた。

「さっきのは、どういう意味だ?」

目の前に立った跡部が何について聞いてきたのか、すぐには分からなかった。

「さっきの、って?」

「好きな男の話だ。」

「…跡部には関係ないでしょ。立ち聞きって、どうかと思うけど。」

あまり触れられたくない話題を出され、私は刺々しい声で答えてしまう。

「勝手に聞こえてきたんだ。いいから答えろよ。」

この偉そうな物言いに反発を覚えない訳じゃない。

だけど、悔しいことに、私は跡部には逆らえない。

「本当に大切なものは目に見えない、ってよく言うでしょ。だから…不確かなものでさえも信じさせてくれる人がいい。」

それは、目の前にいる人のことだ。

跡部の言葉なら、例え根拠なんか無くても信じられる。

唯一無二の絶対的な存在。

「成程な。」

私の答えを聞き終わって、不敵な笑みを浮かべた跡部に少し戸惑う。

「何…?」

急に距離を詰めた跡部は、私の後ろの壁に左肘をつき、至近距離で顔を覗き込んできた。

「顔に書いてあるぜ。俺のことが好きだ、ってな。」

私の頬を右手で撫でながら、跡部は勝ち誇ったように笑った。

触れられた頬に熱が集まっていくのが分かる。

「どうした? 早く言えよ。」

完全に私の気持ちは見抜かれてしまっている。

だけど、楽しくて仕方がないという跡部の顔を見ていると、私は素直になれずに意地を張ってしまう。

「勘違いも甚だしいよ。」

「俺はお前が好きだぜ。…俺の言葉ならば信じられるんだろう?」

「…っ……」

真剣な表情になった跡部の蒼い瞳に射抜かれて、瞬きも呼吸も忘れそうになる。

「言わないのなら、この俺は手に入らないぜ。欲しくないのかよ?」

そんな訳ない。

ずっと好きだった。

その背中を追いかけていた。

それが今、手の届くところにある。

「私は……跡部が好きだよ。跡部の言うことなら、何でも信じられる。」

「フン…当然だ。」

その自信にあふれた所が好きだ。

だけど、負けず嫌いな私はその余裕を崩したくなって、跡部のネクタイを掴んで引っ張った。

「    」

乱暴に重ねた唇を離せば、目の前には驚いた表情をした跡部がいて、少し満足した。

「自分のものに何をしたっていいでしょ?」

跡部に負けないくらい強気に笑ってみせる。

「フッ…上等だ。だが、お前は一つ忘れているな。俺がお前のものであると同時に、お前が俺のものでもあるんだぜ。」

口の端を持ち上げた跡部に、壁に押し付けられて、抵抗する間もなく口を塞がれた。

徐々に深くなる口付けを受け入れながら、結局この人には敵わないのだと思った。



どんな賛美でもあなたを語り尽くせない

(2010.11.16)

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