同学年/マネージャー/真田視点
猫の姿で重い溜息を落とした俺の向かいでは、幸村が楽しそうな表情を浮かべている。
昔から俺の間抜けとも言える体質を面白がっているのだ。
俺にしてみれば、厄介で煩わしいことしかないというのに。
再び溜息を零しそうになったところで部室のドアが開く音がした。
トロフィーや盾が置いてある棚の上で香箱座りをしていた俺は、ドアのほうへと顔を向けた。
「ああ、みょうじか。こんにちは。」
後ろを振り返った幸村が部室に入ってきたマネージャーのみょうじに声をかける。
「こんにちは。……あれ、真田くんはいないんだ? いつも早いのに珍しいね。」
「そうだね。どうしたのかな。」
みょうじに相槌を返しながら、幸村はちらりと俺に視線を寄越してきた。
「あっ、三毛猫ちゃんがいる。」
幸村の視線を追って俺の姿を見つけたみょうじがやたらと嬉しそうな様子でこちらに近付いてくる。
「この子、幸村くんが連れてきたの?」
俺の前まで来たみょうじは膝に手を置いて前屈みになり、間近で顔を覗き込んできた。
普段よりも距離が近い所為か、妙に落ち着かない心地になる。
「いや、部室のドアを開けたら勝手に入ってしまってね。」
まるで俺が不法侵入したかのように言われるのは不本意だが、今の姿では反論しようにも出来ない。
ふと、自分が尻尾をバタバタと振っていることに気付き、その動きを止める。
この姿の時は気を抜くとすぐに感情が態度に出てしまうのが困りものだ。
「そうなんだ。でも、真田くんが来たら怒られちゃうんじゃ…」
「意外と大丈夫かもしれないよ。ところでさ、その猫って真田に似ていると思わないかい?」
いきなり何を言い出すのかと、目を見開いて幸村を睨み付ける。
だが、それくらいで幸村が動じる筈もない。
「うーん……似てると言えば似てる、のかな。なんだか貫禄があるし。」
“貫禄”という表現が正しいのかは分からないが、元の姿が関係しているのだろう、俺は猫の姿でもがっしりとした体型をしている。
腕を組んだ幸村は、先程から睨み付けている俺を何食わぬ顔で見返してくる。
「おまけに少し目付きが悪いしね。」
「ふてぶてしい感じが逆に可愛いよね。」
全く意味の分からないことを言い、みょうじは笑った。
いくら猫の姿をしているからといって“可愛い”などという言葉は嬉しくない。
それどころか、居心地が悪くて仕方ない。
「みょうじ、猫好きだよね。抱っこしてみたら?」
「たぶん嫌がるんじゃないかな…」
「さっきからずっと大人しいから大丈夫だよ。」
慌てた俺は鳴いて抗議しようとしたが、それより先に幸村が言外に圧力をかけてきた。
情けないことに怯んでしまい、俺は反射的に両耳を伏せた。
「じゃあ、ちょっとだけ。……怖がらなくて大丈夫だからね。」
俺を野良猫だとでも思っているのだろう、みょうじは慎重に手を伸ばしてくる。
その手を避けるのは容易いが、幸村から無言の圧が強くなったのを感じる。
仕方無しに逃げるのを諦めた俺は、みょうじに抱き上げられて大人しく細い腕の中に収まった。
だがしかし、完全に判断を誤ったことをすぐに悟る。
(何の試練なのだ、これは。)
密着している所為でTシャツ越しの体温が伝わってきて、乱れそうになる精神を必死に落ち着ける。
「大人しくて良い子だね。」
下手に暴れるとみょうじに怪我をさせてしまいそうで微動だにせずにいると、スマートフォンの電子音が聞こえた。
「幸村くん…?」
「上手く撮れたから送るよ。」
みょうじに抱えられたままスマートフォンを構えている幸村を見れば、随分と楽しそうに笑っていた。
「えっと、……ありがとう?」
「どういたしまして。……あ、ごめん。間違えて真田に送っちゃった。」
帰宅後、俺は自室でスマートフォンの画面を見ながら幸村に腹を立てていた。
(一体何を考えておるのだ。)
わざと送ってきたのであろう画像を削除しようとして、指が止まる。
写っているのは、三毛猫の俺を腕に抱いて微笑んでいるみょうじの姿だ。
何も知らないからこその表情だと分かってはいる。
だが、その表情を見ていると――
猫の姿になるのも悪くないのかもしれない、と初めて思った。
「……馬鹿馬鹿しい。」
思わず吐き捨てるように呟いた。
この体質の所為でどれだけ苦労してきた事か。
「全く、俺は…」
結局、画面の中のみょうじの笑顔を消す事が出来ず、俺はスマートフォンを机の上に置いた。
憂鬱を払う
(2024.02.22)
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