short


恋人(同学年)/ヒロイン視点


「侑士、おはよう。」

いつも待ち合わせている場所に、今日は先に着いていた恋人に声をかける。

「おはようさん。」

のんびりと朝の挨拶を返す侑士の口から白い息がもれる。

「今日も寒いね。」

「せやなぁ。……自分、手袋はどしたん?」

一緒に歩き出した侑士が、首元のマフラーをずらして手に息を吹きかけている私を見て眉を寄せる。

「ええと、いつもコートのポケットに入れたままだから確認し…」

「つまりは忘れたっちゅーことか。」

途中で言葉を引き取った侑士は呆れたように息を吐き出した。

「とりあえず、右手にはこれな。」

自分の右手から外した手袋を私に差し出す侑士。

「いいよ、侑士が…」

「エエから。」

遠慮しようとしたらグイッと手袋を押し付けられてしまい、お礼を言って受け取る。

ぶかぶかの手袋の中は温かくて、残っている熱を逃がさないように手袋をはめた手を軽く握る。

「そんで、左手はこっちや。」

侑士は私の左手を取ると、繋いだ手を自分のコートのポケットに入れた。

「手ぇ冷たすぎやん。」

私の手が思いのほか冷たかったようで、侑士はポケットの中で私の指先を包むように握った。

冷えた指先に、じわりと温もりが伝わってくる。

「ありがとう。」

「どういたしまして。……って、笑うとる場合か。」

知らないうちに口元が緩んでいたようで、それを侑士に見咎められた。

「ごめんごめん。……こういうの、ちょっといいなって。」

「……まあ、小説やらドラマやらでよくあるシチュエーションやんな。」

「あと、歌の歌詞でもあった気がする。」

小さく笑った私の口からも白い息が上がる。

「こうやって手ぇ繋ぐんはエエけど、手袋忘れるんはなしやで。」

「はーい。」

まだ少し笑いながら返事をして、私に合わせて隣を歩く侑士との距離を詰めた。



「手袋ありがとう。」

生徒玄関で靴を履き替えてから、右手の手袋を外して侑士に差し出す。

「ああ、どういたしまして。」

手袋を受け取ろうとした侑士の指が私の指に触れた途端、侑士は驚いたように眼鏡越しの目を見開いた。

「何でこんな冷たなってん。」

侑士は手袋をコートのポケットに捩じ込むと、私の冷たくなっている指先を握った。

「ええと、途中まではあったかかったんだよ。」

責められているわけじゃないけれど、なんとなく気まずい。

「……サイズが合ってへん所為か。」

自分の所為じゃないというのに渋い顔をする侑士。

「大丈夫だよ。暖房が効いてるから、すぐに温まると思うし。」

登校してきた他の生徒にちらちらと見られていることに気付き、やんわりと手を離そうとする。

けれど、侑士は私の手を離してくれないどころか、はぁっと息を吹きかけてきた。

「ちょっ、侑士?!」

手に吐息が当たるくすぐったい感覚に、思わず侑士の手を振り払ってしまう。

「先にこっちのがあったまったみたいやな。」

にわかに熱を持った頬をからかうように撫でられて、居た堪まれなくなる。

「ほな、教室行こか。」

私の右手を取った侑士と一緒に歩き出したものの、頬の熱は簡単に引きそうにない。

学校の中なのに繋がれたままの手が私を落ち着かない気持ちにさせるから。

外を歩くときは気にならない…というより嬉しいのだけれど。

だけど、また自分から侑士の手を離すことが出来なくて、私は首に巻いているマフラーに顔の下半分を埋めた。



私を包んで

(2023.12.16)

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