恋人(同学年)/ヒロイン視点
「寒い…。」
吹いてきた風に肩をすくめて、首に巻いているマフラーに口元を埋める。
早朝の冷えた空気に身を縮めながらのろのろ歩いていたけれど、角を曲がって目的の家が見えれば自然と足取りは早くなる。
そして、ちょうど玄関から出てきたその姿を見つけて、私は小走りになった。
「若!」
ぜんぜん予想していなかったのだろう、名前を呼んだ私に気付いた若は驚いた顔で振り返った。
「おはよっ」
「ああ、おはよう。珍しく早いな。どうしたんだ?」
「誕生日おめでとう!」
笑顔でお祝いの言葉を言って、手に提げていたプレゼントが入っているギフトバッグを差し出す。
「悪いな。」
特に表情を変えずに片手で受け取った若だけど、目にはほんの少しだけ嬉しそうな色が浮かんでいた気がする。
「いえいえー」
「ニヤニヤするな、気持ち悪い。」
にこにこ笑っていたら、眉をしかめた若に軽く頭を小突かれた。
痛くはないけど理不尽だ。
「ひどーい。早起きが苦手な私がせっかく朝一番にお祝いに来たのに。」
先にスタスタ歩き出した若を追いかけて横に並び、抗議の声を上げる。
テニス部の朝練がある若に合わせて起きるのは大変だったのに。
「別に俺は頼んでない。」
若のそっけない態度はいつものことではあるけれど、私はわざとらしく頬を膨らませる。
不満げにしている私を若は横目で見て、すぐに視線を前に戻した。
「お前バカだろ。いや、バカだな。確実に。」
「は? なに、いきなり。」
いきなりバカ呼ばわりされて、今度は本当にムッとしてしまう。
「重要なのは、“誰に祝われるか”なんだよ。」
「……もしかして、私に祝ってもらえて嬉しいってこと?」
さらに言えば、祝うのはいつでもいいから無理しなくていい……ということだろうか。
隣を歩く若の顔を見るけれど、若は私の視線なんてお構いなしに前を向いたままだ。
「ねえ、顔赤いよ。」
バッと勢いよく口元を手で覆った若を見て、私は小さく吹き出した。
「嘘だよー」
「っ、…お前な。」
低い声を出して横目で私を睨んできた若に、にっこり笑ってあげる。
「大好きだよ、若。生まれてきてくれて、ありがとう。」
「なっ……いきなり何言ってるんだ。よくそんな恥ずかしいこと言えるな。」
今度こそ本当に顔を赤くした若の腕に片手で抱き付く。
「誰かさんと違って、私は素直だからね。」
「フン……“単純”の間違いだろうが。」
頬を緩める私とは対照的に、若の眉間にはしわが寄っていく。
ちょっとやり過ぎてしまったかもしれない。
「おい、何で離れてんだ。」
私が腕を離した途端、さらに不機嫌そうなった若が無造作に手を掴んできた。
素直なのか素直じゃないのか分からないな、と声には出さずに笑う。
「若、本当に好きだよ。大好き。」
「知ってる。」
耳まで赤いことは指摘しないで、手袋越しに若の手をぎゅっと握り返した。
(2023.12.05)
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