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恋人(同学年)/ヒロイン視点


すっかり暗くなった空には満月から少し欠けた月が浮かんでいる。

夜空には雲ひとつなくて、淡い光が降り注いでいる。

(晴れて良かったな。)

昨日、急に花火をしようと誘われたのはいいけれど、今日は朝からずっと微妙な天気で気を揉んでいた。

でも、夕方から空が明るくなり、お母さんに浴衣を着せてもらった私は張り切って精市の家まで来た。

(でも、ちょっと地味だったかなぁ。)

急遽、お母さんに借りた白地に朝顔の定番な浴衣は、最近のものとは色や柄のデザインが違う。

これはこれで良いとは思うのだけれど…

「なまえ、用意が出来たよ。」

バケツに水を汲んできた精市に呼ばれて、花火の袋を持って傍に行く。

私が袋を開けている間に、精市はローソクに火を点けていた。

「これにしてみようかな。はい、精市も。」

とりあえず、線香花火は最後にとっておくことにして、他の花火を取り出した。

「ああ、ありがとう。」

浴衣の袖を押さえながら先端をローソクの火に近付けると、すぐに火がついた。

キラキラと鮮やかな光が飛び散る。

「綺麗だな。」

「うん、きれいだね。」

穏やかな笑みを浮かべる精市を花火の光が照らしていて、思わず目を奪われる。

「ん? どうしたの?」

「ううんっ、なんでもないよ。」

精市と目が合い、私は慌てて手に持っている花火へと視線を戻す。

「…もう終わっちゃった。」

消えた花火をバケツの中の水に入れると、ジュッと音を立てた。

「次はこれをやってみようかな。」

先に火をつけた精市の花火からは長い金色の火花が噴き出した。

「じゃあ、私はこっちにしようかな。火、もらっていい?」

「いいよ。気をつけてね。」

精市の花火から火をもらうと、私の花火からはピンク色の火花が散り始めた。

「…あ、色が変わった。」

火花の色が緑色に変わり、次に青色になって消えた。

「楽しいね。」

「ああ。でも、俺の方が楽しんでいるかもしれないな。」

「そうなの?」

「なまえの浴衣姿が見られたからね。…似合ってるよ。」

「っ、……ありがとう。」

照れながらも素直に受け取ってお礼を言えば、精市は満足そうに笑った。



楽しい時間はあっという間に過ぎて、小さなバケツは燃え終わった花火でいっぱいになった。

「やっぱり最後は線香花火だよね。」

残しておいた線香花火を手に取る。

「そうだね。…そういえば、去年テニス部の皆とやった時は誰のが一番長持ちするか競争したな。」

「ああ、よくやるよね。……私たちも勝負する?」

「じゃあ、負けたほうは勝ったほうの言う事を何でも聞くことにしようか。」

「いいよ。負けないからね。」

二人同時に線香花火の先をローソクの火に近づける。

火が点いて花火をローソクの炎から放すと、玉ができてパチパチと火花を散らし始めた。

「なまえに何をしてもらおうかな。」

「まだ結果は分からないと思うけど?」

少し弱まってきた火花から目を離さないまま返す。

「いや、俺が勝つって決まってるからさ。」

「どこからそんな自信が…」

途中で言葉が途切れたのは、精市に口を塞がれてしまったからだ。

「ほら、俺の勝ちだったろ?」

触れた唇をすぐに離して、精市は楽しそう笑った。

驚いた拍子に私の線香花火の玉は落ちてしまっていた。

そして、精市の手元ではまだ線香花火の玉が揺れている。

「ずるいっ! 今のはなしだよ!」

「別にルール違反じゃないだろ。何も決めてないんだからさ。」

完全に騙されたと思うけど、上手い反論が思い付かない。

「あんまり無理なことは言わないでね。」

「フフ…どうしようかな?」

どんなことを言われるのだろうと不安になっていると、両手を包むように握られた。

「大丈夫だよ、なまえ。無理なことじゃない筈だから。」

「何…?」

「これからも俺の傍にいてくれ。」

真剣な表情で言われたのは、私を喜ばせる言葉だった。

「返事は?」

「もちろん、ずっとそばにいるよ。離れたりしない。」

「…うん、ありがとう。」

柔らかく微笑んだ精市の手が頬に触れ、目を閉じると、ゆっくりと唇が重ねられた。


(2011.07.17)

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