同級生/ヒロイン視点
「おはよう、みょうじさん。」
「…不二くん。おはよう。」
バスに揺られながら窓の外をぼんやり見ていた私が振り返ると、柔和な笑みを浮かべたクラスメイトが立っていた。
「隣に座ってもいいかな?」
「うん、どうぞ。」
他に空いている席があるのにと少し不思議に思いながら、二人掛けの席の隣に置いていた荷物を自分の膝に乗せる。
「ありがとう。」
すぐ隣に座った不二くんの少し長めの髪がさらりと揺れた。
綺麗な色をした髪は見るからに柔らかそうだ。
(こんなに近いのは初めてかも。)
不二くんとは席替えで隣同士になったこともあるけれど、特に仲が良いというわけでもないから少し緊張してしまう。
「このバスに乗っているってことは、みょうじさんも学校に行くの?」
「うん、図書室に用があるから。」
不二くんのほうはラケットバッグを持っているから聞くまでもないだろう。
それに、テニス部のレギュラーだということは有名だから。
「そうなんだ。でも、休みの日にわざわざ?」
「いろいろ調べたいことがあるんだけど、一度に借りられる本の数は限られているから。それに、休日のほうが静かだしね。」
「そういえば、キミは文芸部だったよね。話を書くための資料集めなんだ?」
たぶん部活の話をしたことはあったと思うけれど、不二くんが私のことを覚えてくれていたというのが嬉しく感じた。
私はクラスでも目立たないほうで、印象に残るタイプではないと思うから。
「そうだよ。あと、本の匂いって何となく落ち着くから好きだっていうのもあるかな。」
「どんな話を書いているのか聞いてもいいかい?」
「今書こうとしているのは…ファンタジーの話だよ。魔法とか不思議な生き物とか、現実にはないものを想像するのが好きなの。友達には『空想ばっかりして』なんて言われちゃうけど。」
「ボクも楽しいと思うけどね。自由に想像するのって。」
「そうなの! こんなのがあったらいいなとか現実には有り得ないことを考えるのが面白くて…っ」
予想外に同意してもらえたことが嬉しくて、つい声が弾んでしまう。
「本当に好きなんだね。」
「うん、すぐ時間を忘れちゃうくらい。……不二くんは、ファンタジーに出てくるなら絶対に王子様だよね。」
すごくベタだけど、白馬に乗った姿とか簡単に想像できてしまう。
「ボクは王子なんて柄じゃないよ。」
「そうかな…?」
騎士とか魔法使いも似合いそうだけど、やっぱり王子様が一番ぴったりだと思う。
「そうだよ。けっこう意地悪だしね。」
「不二くんが? そんなの信じられないよ。」
だって、不二くんはとても優しいと思う。
先程からの会話からもそう感じるし、いつもニコニコしていて人当たりが良いのも見ているから。
優しくて格好良くて…本当に絵本の中に出てくる王子様みたいだ。
「そうじゃないって、そのうち分かるよ。…みょうじさんはね。」
「……私、だけ?」
どういうことなのかなと少し首を傾げると、不二くんはクスッっと笑いながら私の髪に触れた。
「ボク、好きな子はいじめたくなる性質なんだ。」
そう言って、不二くんは綺麗だけど少し骨ばった指で私の髪を梳いた。
「不二くん…?」
「だから…覚悟しておいてね、みょうじさん。」
少し遅れて言われた言葉の意味を理解して、じわじわと頬に熱が集まってくる。
不二くんはそんな私を見て、楽しそうに笑った。
愛を待っています
(2014.05.23)
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