恋人/財前視点
「光ー、返信なかったけど起きて……ひいいっ!」
部屋のドアを開けて俺の姿を見るなり色気のない悲鳴を上げたのは、俺の恋人である。
ベッドの上で丸くなっていた俺は床に飛び降り、ドアノブを掴んだまま固まっているなまえのほうにしっぽを揺らしながら近付いていく。
「待って待って、それ以上近付かないで! お願いだから!」
涙目になっているなまえを見て満足した俺は、その場に座って一つあくびをした。
ずるずると床に座り込んだなまえは身体を縮め、ぷるぷると小刻みに震えている。
なまえは小さな頃に怖い目に遭ったとかで猫が苦手なのだ。
俺の体質を知ってからは猫に慣れようと頑張っているらしいが、なかなか克服できずにいる。
「あの、ごめんね。せめて光にだけは慣れようと思ってるんだけど…」
しゅんと眉尻を下げるなまえだが、俺は楽しいからこのままでも構わなかったりする。
今日はどうやってなまえで遊ぼうかと考えていたら、座り込んでいるなまえが「あっ」と声を上げた。
「栗ぜんざい買ってきたんだけど、その姿じゃ食べられないよね。」
なまえのほうに視線を向けると、うちの近所にあるコンビニの袋を持っていた。
「にゃにゃっ」
「ええと、……食べたいの? 今?」
意外と察しの良かったなまえに、コクリと頷いてみせる。
テーブルの上に乗って待っていると、なまえはフタを開けた栗ぜんざいをこわごわと俺の前に置いた。
「……食べられないよね、やっぱり。…光?」
俺はいったんテーブルから下りて、コンビニの袋を漁った。
見つけた使い捨てのスプーンを銜え、栗ぜんざいのカップの隣に置く。
「も、もしかして……私が食べさせるの?」
「にゃっ」
「いやいやいや、無理無理っ、無理だから…!」
もげるんじゃないとかいうくらい首を左右に振るなまえだが、フーッと威嚇してみると、途端に固まった。
「はい……どうぞ、です。」
なぜか敬語になっているなまえがプラスチックのスプーンを俺の口元に近付ける。
口を開け、スプーンにほんの少し乗っているあずきを食べる。
牙がちらっと見えたのが怖かったのか、なまえはまた「ひいっ」と情けない悲鳴を上げていた。
そんななまえの反応を楽しみつつ、俺は栗ぜんざいを平らげた。
「ねえ、光…ちょっとだけ触ってもいい?」
腹が満たされてベッドの上で寛いでいると、緊張した様子で隣に座ったなまえが声をかけてきた。
どうせ今日も触れずに終わるのだろうと思いつつ、しっぽを振って応える。
「ありがとう。」
おそるおそる手を伸ばしてくるなまえを黙って見ていると、途中で手を引っ込めかけたが、ゆっくりと俺の背中に触れた。
「…あったかい。」
撫でる手付きは覚束無いものの、頬を緩めるなまえを見たら、脅かしてやろうという悪戯心は消えていった。
まあ、こういうのも悪くない…かもしれない。
(2016.03.27)
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