恋人/ヒロイン視点
静まり返った部屋が閉め切られたカーテンの向こうからの朝日の光で明るくなり始め、私は目を覚ました。
重たい目蓋を閉じたり開いたりして、なんとか目を開ける。
そして、最初に私の目に映ったのは愛しい恋人の姿。
大好きな人の腕の中で朝を迎えられて、すごく幸せだ。
「蔵?」
小さく名前を呼んでみたけれど、目を閉じている蔵は身動ぎひとつしない。
それに、私の背中に回っている腕からは力が抜けている。
大抵は私のほうが遅く起きるから寝顔を見るのはかなり久しぶりだ。
滅多にない機会だからと、無防備な寝顔をまじまじと見つめる。
均整の取れた輪郭に収まっているのは、緩やかに弧を描く整った眉に、目蓋を縁取る長い睫毛、すっと通った鼻筋、そして少し薄めの上品な唇。
(綺麗だな。)
好きだなと思うけれど、綺麗だから蔵が好きなわけじゃない。
それら全てが蔵を形作っているものだから好きなのだ。
起こしてしまわないようにそっと手を伸ばし、向かい合って眠っている蔵の頬に触れる。
男の子とは思えない滑らかな頬を撫で、柔らかなミルクティー色の髪を撫でる。
指先に伝わってくる温もりに、とても穏やかな気持ちになるのは、蔵が眠っているからだろう。
普段はこんなふうに自分から蔵に触れることはあまりない。
なんだか照れてしまうのと、いつも蔵のほうから構ってくれるからタイミングが掴めなかったりするのだ。
でも、私だって本当は蔵に触れたいと思っている。
(熟睡してるよね?)
頬をつんつんと軽く指でつついてみても蔵が目を覚ます気配はなく、私は蔵のほうに身体を寄せた。
ぴたっとくっついた蔵の身体は温かくて、Tシャツ越しの広い胸に耳を当てると心地好い鼓動を刻んでいた。
そっと顔を上げて蔵を見上げると、うっすらと開いた唇から微かな寝息が洩れていた。
音を立てる自分の胸を片手で押さえながら、指先で形の良い唇をなぞる。
その柔らかな感触に、胸の鼓動が大きくなる。
「蔵、起きてる?」
呼びかけても反応がないことを確認して、私は蔵の唇に自分の唇を重ねた。
指先で触れた時よりもはっきりと伝わってくる温もり。
「好きだよ、蔵。」
もう一度、唇を重ねて目を閉じる。
唇を触れ合わせたままでいたら、眠っているはずの蔵の唇が微かに綻んだのを感じた。
そして突然、背中に回っている手に力が入って、ぐっと抱き寄せられた。
驚いて唇を離すと、目を開けた蔵が嬉しそうに笑っていた。
「あんま可愛え事しなや。」
「いっ、いつから起きて…っ?!」
慌てる私を抱き締めて、蔵はちゅっと音を立てて私の顔に何度も唇を落としてくる。
「く、蔵…っ」
「俺も好きやで、なまえ。」
熱を持った頬に大きな手が添えられ、優しく唇を塞がれる。
繰り返される甘い口付けに、強張っていた身体から力が抜けてくる。
身体を預けて大人しく口付けを受け止めていると、ようやく満足したらしい蔵が唇を離した。
「おはようさん。」
「……おはよ。」
蔵の胸に額を押し付けて、小さな声で返す。
頬の熱を持て余している私の髪を撫でる蔵が笑っているのが見なくても分かる。
「狸寝入りしてたの?」
「もう少し寝よかと思って目ぇ閉じてたら、なまえが可愛え事しよるから起きるタイミングなくしただけやで。」
「騙すなんてひどいよ。」
そう言いながらも、顔を見られたくないのもあって、ぎゅうっと蔵に抱きつく。
「堪忍やで。なまえが甘えてくれるなんて貴重やから、ついな。」
「それは…」
「もうちょいでええから、普段からも少しは甘えてや。」
「……頑張る。」
「おん、期待しとるで。」
「う、うん。……ええと、そろそろ起きない?」
「全く…言うてるそばから、そうやって離れようとするんやな。」
「そういう訳じゃ……いつも規則正しい生活がどうこう言って早い時間に起こすのは蔵でしょ。だから…」
責めるように言われて顔を上げると、予想外に甘く微笑んでいる蔵がいて、戸惑ってしまう。
「今日は休みやし、たまには一緒に寝坊しよ。」
「……うん。」
本当に幸せだなと思いながら、私は温かい腕の中で目を閉じた。
いつも幸せ
(2013.04.20)
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