恋人/ヒロイン視点
クラスで集めたノートを職員室に持って行った帰り、私は廊下の向こうから光くんがこちらに歩いてきているのを見つけた。
「光くん!」
ぱっと目が合い、笑って小さく手を振ったら、光くんは不機嫌そうな顔で眉間にしわを寄せてしまった。
でも、学校内ですれ違った時はいつもそんな感じだから、今さら気にしたりしない。
「光くん、今日は部活ないから一緒に帰れるんだよね?」
近づいていって光くんに話しかければ、ちゃんと足を止めてくれる。
「いちいち確認せぇへんでも分かっとるやろ。そんなんでいちいち話しかけんなや。」
目を合わせずに低い声で話す光くんだけど、怒っているわけじゃないのは分かっている。
「うん、ごめんね。じゃあ、また放課後にね。」
「…おん。」
人前だと照れ隠しで冷たい態度を取る光くんだけど、一応は返事をしてくれる。
光くんと別れて教室に向かう私は、今日の放課後が楽しみで、足取りは気持ちと一緒で弾んでいた。
しばらくは私が一方的に話をしていたけど、学校から離れて他の生徒たちの姿が見えなくなると、光くんは私の手を握ってきた。
私はこっそり笑って、少し冷たい光くんの手を握り返した。
「今日、うち寄ってくやろ?」
「光くんがいいなら。……あ。」
「なん?」
「あそこ、最近オープンした焼き菓子が専門のお店なんだって。友達がおいしいって言ってたの。」
立ち止って、道路の反対側にある可愛らしい外観の小さなお店を指差す。
「ほな、何か買ってくか?」
「うんっ」
すっかり私用になっている赤いクッションに座り、飲み物を取りに行った光くんが戻ってくるのを待っていた。
改めて部屋の中を見回すと、ラックのCDが増えているようだった。
またイギリスのバンドとかのCDだろうか。
テーブルの上にあった音楽雑誌をパラパラめくっていると、階段を上がってくる足音が聞こえてきた。
「いつも通り、砂糖とミルクの入ったヤツな。」
「うん、ありがとう。」
光くんが甘い香りをさせているマグカップを私の前に置いてくれる。
同じように湯気の立っているコーヒーが入ったマグカップを持った光くんは私の隣に腰を下ろす。
「なまえ、どれにするん?」
光くんはお店の名前が入った箱を開けて中身をテーブルの上に広げる。
買ったのは、焼き菓子が何種類か入っているセットだ。
「んー……今はいいかな。」
「は? 食べたいから買ったんちゃうん?」
「そうだけど、今は光くんとくっついていたいなぁって。」
「しゃーないな。」
隣に寄りかかると、小さく笑った光くんが髪を撫でてくれる。
私の髪を撫でていた手に力が入り、光くんが傾けた顔を近付けてくる。
頬が少し熱を帯びるのを感じながら目を閉じると、柔らかく唇が重ねられた。
「好きやで、なまえ。」
ゆっくり目を開けると、光くんが目を細めて微笑んでいた。
二人きりの時の光くんはすごく優しくて、胸がきゅーっとなる。
「光くん、ずるい。」
私は頬が火照っているのを感じながら、くてっと光くんの胸にもたれた。
「何や、急に?」
「だって、私ばっかりドキドキして……なんだか、私ばっかり光くんのこと好きみたい。」
「アホやな、なまえは。そんなことあらへんやろ。」
「……あるよ。だって、光くん、学校じゃ冷たいもん。」
本当の本当は、ずっと淋しかった。
理由を知っていたって、あんな態度を取られるのは。
ぎゅうっと光くんに抱き着くと、それ以上の強さで抱き締め返された。
「スマン。」
「ちょっとずつでもいいから、普通にして欲しいよ。」
「…おん。頑張る。」
やけに真面目な声で言う光くんに、思わず少し笑ってしまった。
「笑うとこやないやろ。」
「バカにしたんじゃないよ。」
「…なら、エエけど。」
拗ねたように顔を背ける光くんの頬に自分の唇を押し当てる。
「好きだよ、光くん。」
「俺も。…ほんまに好きや、なまえ。」
優しい口付けが降ってきて、胸の中が温かいもので満たされる。
結局のところ、光くんがいてくれれば、それで私は幸せなんだ。
だって、私の幸せは光くんだから。
私の幸福
(2013.05.25)
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