同級生/ヒロイン視点
「財前、おはよ!」
見つけた背中に声をかければ、財前はゆっくりと面倒くさそうに振り返った。
「なんや、お前か。」
財前は声をかけたのが私だと確認すると、軽くあくびをした。
「どうせ私ですー」
いつも通り朝は(いや、常にか)テンションの低い財前の隣に並んで歩き出す。
「自分…今日、誕生日やったよな。」
耳にしていたヘッドフォンを外した財前の言葉に、私は驚いた。
「そうやけど、よく覚えとったなぁ。」
まったく興味なさそうなのにと言えば、なぜか財前は少し眉を寄せた。
「これ、やるわ。」
「なんやの、これ?」
財前が乱暴に押し付けてきたのは本屋の紙袋だった。
「“一応”“多少は”お前に世話になっとるからな。ありがたく受け取っとけや。」
「それはそれは…“わざわざ”ありがとう。」
かなりひっかかる言い方だったけれど、つまりは誕生日プレゼントらしい。
ラッピングもなにもされていないのが財前らしい気がして、少し笑えた。
「中、見てもええの?」
「好きせぇや。」
「ほな、さっそく…」
袋の口を留めているテープをはがして、ガサガサと中身を取り出す。
「あんた、私にケンカ売っとるん?」
中に入っていた本を確認して、私は顔をひきつらせた。
新品の本には
【どんなに不器用なあなたも大丈夫♪】
【料理の基礎を極めよう!】
などと書かれた帯が付いている。
これは…先週の調理実習で失敗した私に対する嫌味としか思えない。
なお、自分の名誉のために言うが、謎の物体Xを作り出すには至っていない。
決しておいしくはなかったけど、ものすごくまずくもなかった。
見た目だって、ふつう……いや、ちょっと不格好だったけど、あれくらいは許容範囲なはずだ。
まあ、とにかく、そんなにひどい失敗じゃなかった…と思う。
「喧嘩っちゅーか、挑戦やな。」
「変わらへんやん! バカにしとるんやろが。ほんま腹立つー」
「俺、料理の一つも出来ん女とは付き合えへんし。」
「…はぁ?」
いきなり話が飛んで、私は怒りを忘れてポカンと財前を見た。
「なにアホ面しとんねん。」
「い、いひゃ…っ」
むにーっと頬をつままれて横に引っぱられ、私は財前の手を叩き落とした。
「なにすんねん! 痛いやんか…っ」
「理解力が無いんか、お前は。一品でもまともに作れるようになったら付き合ってやる言うてんねや。」
「なっ…なんやねん、それ! なんで上から目線やねん! っちゅーか、私があんたのこと好きやって前提になっとるやないの?! 自意識過剰なんちゃう、だいたい…っ」
動揺した私は早口でまくし立てるが、財前は涼しい顔をしたままだ。
「期限は一ヶ月やからな。」
「そんなん短過ぎるわ!」
怒鳴ってからハッとして両手で口を押さえた私を見て、財前は勝ち誇ったように笑った。
「せいぜい頑張りや、みょうじ。」
その場に立ち尽くした私はヘッドフォンをつけ直した財前の背中を見ながら、拳を握り締めた。
「財前! 顔洗って待っときやー!」
先を行く背中に言葉を投げつけると、財前は足を止めてぐるりと振り返った。
その顔には、呆れたような哀れむような、そんな色がありありと浮かんでいる。
「顔やなくて首や、アホ。」
(2011.12.27)
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