後輩/ヒロイン視点
気合いを入れてチョコレートを作ってきたところで渡せなかったら意味はない。
朝練の時に渡せると思っていたけれど、すでに多くの女の子たちに囲まれている姿を見たら、私のちっぽけな勇気なんて一瞬で消え去ってしまった。
そうして何も出来ないまま、あっという間に放課後になって部活も終わってしまった。
更衣室で制服に着替えて生徒玄関を出ると、空はもう暗くなり始めていた。
それは今の私の気持ちにぴったりで、さらに落ち込んでしまう。
鞄と一緒に持っている、渡せなかったチョコレートの入ったギフトバッグを見て、ため息がこぼれた。
赤い色が好きだと聞いて、派手かなと思いつつも鮮やかな色の包装紙でラッピングしてあるけれど、それが今は色褪せて見える。
別に、告白して付き合いたいなんて思っていない。
ただ受け取ってもらえるだけで良かったのに、それさえも行動に移せない自分が情けない。
「なまえ。」
とぼとぼと校門を出たところで、もう帰ってしまったと思っていた人に声をかけられた。
「切原、先輩…」
鼓動が跳ね上がる。
驚いている私の前に立った先輩は、なぜか不満そうな顔をしている。
「それ、俺にじゃねぇの?」
先輩の視線は私が持っているギフトバッグに向けられている…ような気がする。
「俺のなんだろ?」
「っ、……あ、あの…っ」
突然のことに、頭が真っ白になる。
だけど、冷静じゃないながらも、これは今日の最初で最後のチャンスだと思った。
なけなしの勇気を振り絞って、チョコレートが入ったギフトバッグを先輩に向かって差し出す。
「き、切原先輩…っ これ、もらって下さい。」
ぎゅうっと目をつむって、自分の心臓がドクドクいっているのを感じながら待っていても、手の中の存在はなくならない。
「他にも言うこと、あるんじゃねぇの?」
「え…?」
そっと目を開けて、下げていた頭を上げて先輩を見る。
「あるだろ? その、……告白の言葉、とかよ。」
私を見ている先輩の目元が暗がりなのに少し紅く見える…気がする。
だけど、ゆっくりと今の状況を判断している余裕なんて私にはない。
「そんな……とんでもない、です…」
「言ってくんねぇの? 俺、今日ずっと待ってたんだけど。」
どうして、先輩はそんなことを言うのだろう。
そんなふうに言われたら、不相応な期待をしてしまうのに。
「なあ、なまえ。こういう時くらい頑張ってみてもいいんじゃねぇの?」
それはすごく優しい声で、臆病な私の背中を押してくれた。
私は深呼吸をひとつして、逸らしたくなる目を先輩に合わせた。
チョコレートが入ったギフトバッグを抱える手が震える。
今すぐにでも逃げ出したくなる弱い自分を抑え込み、張り付いたような喉から必死に声を絞り出す。
「わ、たし…切原先輩の、ことが……す、好き、です。……だから、これ…」
「ありがとうな。」
今度はチョコレートを受け取ってくれた先輩は、ぽんと私の頭の上に手を置いた。
「俺もお前が好きだぜ。」
私に向けられたのは、はじけるような先輩の笑顔。
まさか自分の想いが報われるなんて想像もしていなかった。
「つーワケで、今から俺たち、恋人同士な。」
先輩の口から出た“恋人”という単語は、ふわふわした夢心地のような感覚でいる私を現実に引き戻した。
「そう、なります…よね?」
想いが通じ合ったのは突然で、まだ実感はわかないけれど。
「今日からヨロシクな、なまえ。」
「は、はいっ こちらこそ、よろしくお願いします…っ」
「よし、そんじゃ、一緒に帰ろうぜ。」
「あっ……ま、待ってくださいっ」
先輩が私の手を取って歩き出し、私はあわてて隣に並んだ。
手の平から伝わってくる温もりは嬉しいのに、すごく恥ずかしい気持ちにもなる。
だけど、やっぱり嬉しくて、私は繋がれた手をきゅっと握り返した。
(2011.02.06)
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