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同学年/柳視点


迂闊だった。

俺の計算では、今週末までは“起こらない”筈だったのだが。

これは周期的に起こる為、予測する事は容易なのだ。

しかしながら稀に周期が狂う事があり、今回がそうだったという訳だ。

取り敢えずは、誰にも見られなかったのがせめても救いだ。

そして、この姿になってしまったからには有効に活用すべきだろう。

今回はどこの学校へ偵察に行ったものか。

「あ…っ」

隠れていた裏庭の茂みの中から出た俺は、背後から小さく聞こえた声に足を止めた。

ゆっくりと振り返れば、そこには俺の想い人である、同学年のみょうじなまえの姿があった。

「迷い込んじゃったのかな?」

見上げる俺に話し掛けながら、彼女は地面に両膝を付く。

「おいで。」

自分に向けられる彼女の柔らかい声に陶然とする。

気付けば、俺は彼女の前に足を揃えて座っていた。

「良い子だね。」

しなやかな手が伸びてきて、額から頭にかけて撫でられ、俺は自然と立っていた自分の尻尾を揺らした。

「人慣れしているみたいだから飼い猫かな? …それにしても、すごく綺麗な毛並み。どことなく気品があるような気もするし。」

俺の顎の下を優しく撫でながら、彼女は少し考えるような仕草をする。

細い指に撫でられるのが心地良くて目を閉じていると、急に彼女の手が止まった。

「だめ、やっぱり我慢できない…っ」

その言葉に首を傾げた刹那、俺は彼女に抱き上げられた。

「可愛い〜っ」

彼女は力を入れ過ぎないように気を使いつつも、しっかりと俺を抱き締める。

(こ、これは……色々とまずいだろう…っ)

想定外の事態に、彼女の腕の中で硬直してしまう。

それに、どのみち逃げ出すのは難しい。

この姿で暴れたら、爪を立てて彼女を傷付けてしまう可能性があるからだ。

「本当に可愛いな。連れて帰りたいくらい。」

何も知らない彼女が腕の力を緩める気配は無く、終いには俺の頭に頬擦りをしてきた。

たまに学校の廊下などで擦れ違った際に微かにするだけの彼女の香りを強く感じ、眩暈がした。



どれくらい時間が経ったのか今の俺には分からないが、漸く満足したらしい彼女は俺を解放してくれた。

「ごめんね、黒猫さん。つい…」

かなりの精神力を消耗してぐったりしている俺を見て、彼女は申し訳無さそうに表情を曇らせる。

彼女のそんな顔を見たくはない。

「にゃー」

俺は本物の猫がする様に、彼女に自分の身体をすり寄せて好意を示した。

躊躇いは大いにあったが、これは彼女の為である。

「もしかして……気にするなって、言ってくれてるの? 優しいね。」

彼女が笑ってくれた事に安堵していると、昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴った。

「そろそろ戻らなくちゃ。…また会えるといいな。じゃあね、黒猫さん。」

名残惜しそうに振り返りながら校舎に戻っていく彼女を、俺はその場から動かずに見送った。

彼女の姿が見えなくなり、俺は重たい溜息を吐いた。

(次からどんな顔をしてみょうじに会えばいいんだ、俺は。)


(2017.02.16)

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