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恋人(同学年)/ヒロイン視点


放課後の部活が始まるまでの時間、図書室で過ごすのが私の日課だ。

静かに引き戸を開けて図書室の奥へと迷うことなく向かう。

そこには高い本棚に囲まれ、いつもの通りに彼がいた。

声をかけようとして躊躇い、少し古びた本に目を落としている彼の涼しげな横顔を見つめる。

とくん、と鼓動する心臓。

毎日会っているというのに未だに私が彼に慣れることはなくて、姿を見るだけで胸が甘く締め付けられる。

そんな私だから、彼の傍に行くことに少し気後れしてしまう。

「いつまでそんな所に立っているんだ?」

本から顔を上げ、ゆっくりとこちらを見た彼は最初から私の存在に気付いていたのだろう。

それは私が黙って見つめていたことにも気付いていたということに他ならなくて、かぁっと頬が熱くなる。

その様子を見て彼が僅かにだけれど口許を綻ばせるから、私はますます恥ずかしくなってしまう。

「なまえ。」

「…う、うん。」

促すように名前を呼ばれ、おずおずと彼に近付いていく。

「その……何を読んでいたの?」

隣に立ってそう聞くと、彼は読んでいた本を閉じてしまった。

「手当たり次第に流し読みしていただけだ。特に好んでいるという訳ではない。」

「そうなんだ。」

それでも少し気になり、本棚に戻された深緑色の本の背表紙を見ると、有名な近代作家の名前があった。

「今の時間は本を読むよりもお前と過ごすほうが大事だからな。」

彼が臆面もなくさらりと言うものだから、私は思わず言葉に詰まってしまう。

自分も同じように思っているのだと、それだけのことが言葉にできない。

真っ直ぐに向けられている愛情と同じものを少しでも彼に返したいと思うのに。

私のそんな心の内を知ってか知らずか、彼は穏やかな笑みを浮かべながら私の髪を撫でる。

鼓動は速まるばかりだけど、もっと触れていて欲しくて動かずにいると、彼がふっと静かに笑った。

髪を撫でていた温かな手がゆっくりと頬に触れる。

「ま、待って…っ」

気配に視線を上げると彼の顔が間近に迫っていて、咄嗟に両手で彼の胸を押し返す。

「柳くん…!」

小さな声で制すると、彼は止まってくれたけど離れてはくれない。

心臓がこれ以上ないくらいに激しく鼓動している。

「嫌か?」

「ち、違うよ。そうじゃなくて…自分がどうにかなってしまいそうで……少しだけ、怖いの。」

今でさえ、どうにかなってしまいそうなのだから。

間近にある彼の顔を直視できなくて目を伏せるけど、頬に添えられたままの骨張った手に意識がいってしまう。

「俺も同じだ。」

「…嘘ばっかり。柳くんはいつも余裕があるじゃない。」

全く余裕のない私とは違い、彼はいつも落ち着いていて動揺したところなんて見たことがない。

「そう見せているだけさ。余裕など、あろう筈も無い。」

そんなことがあるのだろうかと、伏せていた目を上げた途端、唇を奪われた。

驚いて身を引くけれど、本棚に押し付けられるようにして抱き締められる。

普段の彼からは想像もできないような熱のこもった口付けに、全身の血が沸騰しそうだ。

こんなに情熱的な面が彼にあるとは知らなかった。

こうやって彼のことを新しく知る度、私は彼をもっと好きになっていく。

この気持ちに、果たして上限はあるのだろうか。

「や、なぎ…くん……好き…っ」

あふれる想いのまま、繰り返される口付けの合間に伝える。

名残惜しげに唇が離され、膝から崩れ落ちそうになって抱き留められた彼の胸は思っていたよりも逞しい。

「俺もお前が好きだ、なまえ。」

彼の纏う上品で優しい香りに包まれたまま、私はそっと目蓋を閉じた。



私の愛は増すばかり

(2014.07.27)

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