恋人/ヒロイン視点
休日の朝、普段よりも遅く起きた私はキッチンで朝食を作っていた。
まだベッドで眠っている雅治も自分も朝はあまり食べないから、トーストを焼いて目玉焼きとサラダをつけるだけだ。
「早起きじゃな。」
「わぁっ!」
気配に気付いていなかった私は、いきなり後ろから抱き着かれて、びくっと身体を跳ねさせた。
そんな私を見て、雅治はクツクツと喉の奥で笑う。
「色気のない悲鳴じゃのぅ。」
「うるさい。驚かせないでよ、もうっ」
わざと物音を立てないように近付いてきたんだなと思い、自分の腰に巻き付いている雅治の腕をぺちっと軽く叩く。
「おまけに凶暴じゃ。」
まだ笑っている雅治を振り返って睨むと、わざとらしく音を立ててキスされた。
「おはようさん、なまえ。」
雅治にどうにかサラダを食べさせ、遅めの朝食は無事に終わった。
後片付けを済ませた私はソファーに猫背気味で座っている雅治の後ろに立った。
「雅治って髪色変えたりしないの? 元の色に戻したりは?」
少し長めの髪を梳かしながら、何の気無しに聞く。
「これが地毛じゃき。」
「あのね、そういう嘘はいいから。」
子供の頃の写真を見たことがあるから、今のが地毛の色じゃないことは知っている。
「嘘じゃないきに。そいで、お前さんは俺が髪黒くしたのとかが見たいんか?」
「んー、…そうだね。今のも似合ってるけど、違う雰囲気の雅治も見てみたいかな。」
どんな感じになるのか、あまり想像は出来ないけれど。
「なら、当分はこのままにしとくかのぅ。」
「…あまのじゃく。」
いつもの赤いゴムで後ろの髪を結び終え、私は雅治の髪から手を離した。
「今更じゃな。それよか、ありがとさん。」
「はいはい、どういたしまして。」
「なまえ、こっち来んしゃい。」
片膝を立ててソファーに座り直した雅治は、後ろにいる私を振り返り、自分の足の間をぽんぽんと叩く。
「のんびりしてる時間ないでしょ。これから出かけるのに着替えもまだなんだから。」
「これ、やりたいんじゃろ?」
いつ持ち出したのか、雅治は私の部屋にあった雑誌を見せてきた。
開いているのは私が付箋をつけていたページで、少し凝ったヘアアレンジのやり方が載っている。
「雅治がやってくれるの?」
「そう言うとるきに。早くしんしゃい、俺の気が変わらん内に。」
雅治に髪を梳かしてもらいながら、私は口許が緩んでしまうのを自覚していた。
気紛れな雅治は気が向いた時にしかやってくれないから貴重な時間なのだ。
「お前さんの髪はいつも綺麗じゃな。触り心地良いぜよ。」
「ありがと。…私、雅治に髪触ってもらうの好きだな。」
「……ほうか。」
雅治は手を止めると、私のつむじにキスを落とした。
「なあ、出かけるの止めんか?」
「えーっ」
雅治は不満の声を上げる私を後ろから抱き締めて、肩に顎を乗せてきた。
「今はお前さんとこうしてたいんよ。午後には出かけるけぇ。」
私を懐柔しようと、雅治は耳に甘い声を流し込んで頬に唇を寄せる。
「いいじゃろ、なまえ。」
逃がさないように両腕で抱き竦めている癖に、あくまで私の許可を取ろうとする雅治。
「…分かったよ。その代わり、午後からはちゃんと付き合ってよね。」
「了解ナリ。」
いまいち信用できないなと思いつつ、私は雅治に身体を預けた。
手を伸ばして、当分このままらしい銀髪を掻き回すように撫でる。
「好きじゃよ、なまえ。」
顎に手をかけられて上を向かされると、逆さまにキスが降ってきた。
「私も……雅治が好きだよ。」
唇を離した雅治に笑いかけると、また軽い音を立ててキスされた。
何度も啄ばむようなキスを繰り返して、雅治の唇が私の唇を開かせる。
雅治の熱を帯びた吐息を感じながら、私は甘い感覚に身を委ねた。
愛されることを知った喜び
(2015.08.05)
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