※未来設定
夫婦/ヒロイン視点
休日の午後、日当たりの良いリビングには暖かな陽射しが射し込んでいる。
だいぶ大きくなった私のおなかに耳を当てている彼の髪に指を通し、梳きながら頭を撫でる。
痛々しいくらいに色素が抜かれていた銀色の髪が少し懐かしい。
「今っ、蹴ったぜよ!」
「きっとパパだって分かってるんだよ。」
私を見上げた彼の嬉しそうな顔に、とても温かい気持ちになる。
「良い子じゃな、お前さんは。早く会いたいぜよ。」
優しげに目を細めて我が子に話しかける姿なんて、あの頃には想像したことさえなかった。
それだけの時間が流れたということを改めて実感する。
「あっ…また蹴ったね。この子も雅治に会いたいみたい。」
「元気に生まれてきて欲しいのぅ。…なまえは無理したらいかんぜよ。」
床から立ち上がった雅治は、ソファーに座っている私の隣に腰を下ろす。
「分かってるよ。でも、私も家の事をやらないと。」
妊娠が分かってからは、二人で分担していた家事のほとんどを雅治がやってくれていて、私としては申し訳ない(すごく助かっているけれど)。
最初の頃はつわりで大変だったりしたけれど、今はわりと大丈夫なのに。
「駄目じゃ。身体、辛いんじゃろ?」
「……少し、ね。…でも、運動はしたほうがいいんだよ。」
「適度な運動と家事で動き回るのは別じゃろ。なまえは自分の身体と俺らの子供を大事にすることだけ考えとればええんよ。」
私のおなかを撫でる雅治の大きな手に自分の手を重ねる。
「ありがとう、雅治。」
『よう頑張ったのう、なまえ。…ありがとうな。』
この時の雅治の泣きそうな笑顔は、一生忘れないと思う。
そして、ずっと傍にいてくれた雅治の手の温かさも。
「本当にちっちゃいのう。」
私が抱っこしている赤ちゃんを覗き込んだ雅治は柔らかく目尻を下げる。
「雅治も抱っこしてあげてよ。」
「…俺はいいナリ。」
「怖がらなくても大丈夫だよ。」
不安そうな雅治に、にっこりと笑ってみせる。
「じゃけど…」
「いっぱい抱っこしてあげないと慣れてくれないよ? この子に覚えてもらえなくてもいいいの?」
「そ、それは嫌じゃ…っ」
「じゃあ、交代ね。」
「あ、ああ…」
雅治はかなり緊張した面持ちで自分の胸へと赤ちゃんを抱き上げる。
「なんか、すごいのぅ。これが俺達の子供なんじゃな。」
おそるおそるという様子で赤ちゃんを抱く雅治は、その命の重みを実感しているようだ。
二人で赤ちゃんの寝顔を見ていると、コンコンと控えめなノックが聞こえてきた。
「失礼するよ。」
静かにドアを開けて病室に入ってきたのは学生時代に同じ部活の仲間だった幸村くんで、その後ろから、丸井くんとジャッカルくん、そして赤也くんが入ってきた。
「みんな来てくれたんだ。」
突然の訪問に驚きながらも、懐かしい顔ぶれに嬉しくなる。
「やあ、元気そうだね。」
「お祝いに来てやったぜぃ。」
「それが二人の子供ッスか!」
「おい、赤也、病室では静かにしろって。」
「あ…すんません。」
「おまんら煩いぜよ。」
「雅治、怒っちゃだめだよ。赤ちゃんは敏感なんだから。」
「っ…すまん。」
「大勢で押しかけてすまない。みんな自分も行くって聞かないから。」
「ううん、久しぶりに会えてすごく嬉しいよ。」
「これ、俺らからの出産祝いな。」
そう言ったジャッカルくんが持っていたのはとても大きな袋で、中に熨斗のついた箱がいくつも入っているのが見えた。
「赤ちゃん用のグッズいろいろ入ってるからさ、役に立つと思うぜぃ?」
「ありがとさん。」
「うーん……どっち似、なんスかねぇ?」
やたら真剣な顔で赤ちゃんを見る赤也くんにくすりと笑みが零れる。
「んで、名前は決まってんの?」
「まだだよ。顔を見てから決めようと思って。候補はいくつかあるんだけどね。」
丸井くんにそう答えて、赤ちゃんの柔らかい頬に指先で触れる。
みんなは代わる代わる赤ちゃんの顔を覗き込んで声をかけてくれて、それがすごく嬉しかった。
「そういや、おまんら4人だけなんか?」
「いや、真田たちも来ているよ。さすがに全員だと邪魔だろうから外で待っているんだ。あまり長居するのも良くないだろうし、呼んで来るよ。」
幸村くん達が病室を出て行くと、少ししてから入れ替わりに真田くんたちがやって来た。
「失礼する。」
律儀にノックをしてから入ってきたのは真田くんで、柳くんと柳生くんもそれに続く。
「この度はおめでとうございます。なまえさん、仁王くん。」
お祝いの言葉をくれたのは、学生時代の雅治のダブルスパートナーで親友でもある柳生くんだ。
「ありがとう。」
「相変わらずカタイのぅ。」
「ところで仁王、お前はちゃんと父親としての自覚はあるのか? 一家の大黒柱たる…」
「弦一郎、今日は説教をする為に来たのではないだろう。」
「む…すまん。」
昔と変わらないやりとりが懐かしくて、祝ってくれるみんなの気持ちが嬉しくて、自然と笑みが浮かぶ。
「みんな、本当にありがとう。」
「あっという間に帰っちゃったね。」
「ダラダラ居座られても困るぜよ。」
わざとらしく眉を寄せる雅治に、くすくす笑ってしまう。
「嬉しかったくせに。」
「…別に。」
「素直じゃないんだから。……パパは照れ屋さんなんですよー」
腕の中にいる赤ちゃんに話しかける。
「なっ…変なこと吹き込むんじゃなか。」
「ごめんごめん。…雅治はいいパパになりそうだよね。」
「頑張るナリ。」
「うん、一緒に頑張ろうね。」
「…なまえ。」
赤ちゃんを抱いている私の腕を包むように雅治は自分の腕を重ねる。
「一緒に、こいつを守っていってやろうな。」
「うん。」
微笑み合って、お互いに顔を寄せて、そっと唇を重ねる。
――やっと授かった宝物を、二人で守って、これからも生きていきたい。
待ち望んだ幸福
(2013.05.03)
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