恋人(同級生)/ヒロイン視点
三月は不安定な天気の日が多いけれど、門出を祝福してくれるかのように今日は抜けるような青空が広がっている。
卒業式が終わった後、私は友達や先生と一緒に写真を撮って回っていた。
外部進学の生徒は少ないこともあって、しんみりした雰囲気はあんまりなくて、みんな笑顔で写真に収まっている。
「俺とも一緒に撮ってくれんか?」
「きゃあ…っ?!」
屋上でデジカメをいじって撮ったばかり写真を見ていたら、いきなり後ろから抱き締められた。
「悲鳴を上げるなんて酷いのぅ、なまえは。」
ぎゅうっと私を包む腕の力が強くなって、落ち着く間もなく心臓が暴れる。
体温が急上昇して、今すぐにでも腕の中から逃げ出してしまいたくなる。
でも、
「今日は逃げないんじゃな?」
ククッと喉で笑った雅治くんの顔は見えないけれど嬉しそうで、私の頬に自分の頬を擦り付けてきた。
色素が抜かれて痛んでいる銀色の髪が熱くなった頬や首に当たってくすぐったい。
「あの、ね…」
「なん?」
耳のすぐ近くでする声に、どうしようもなく恥ずかしくなってしまうけれど、ちゃんと伝えなきゃ。
こうやって抱き締められたりすると、いつも私はすぐに離れようとしてしまうけれど、本当はすごく嬉しいんだってことを。
雅治くんに大事にしてもらって、私はとても幸せなんだよって。
「……ええと、その…」
なかなか言葉が出てこない。
いつも照れてばかりで、きっと雅治くんに淋しい思いをさせてしまっているだろう自分を卒業したいのに。
「焦る必要はなか。ゆっくりでいいんよ。なまえはなまえのペースで。」
雅治くんはどこまで分かっているんだろうか。
それは私には分からないけれど、雅治くんの優しさにずっと甘えたままでいるのは嫌だ。
与えてもらってばかりじゃなくて、私だって大好きな雅治くんのことを幸せにしてあげたい。
「あのね、雅治くん。」
手に持ったままのデジカメを制服のブレザーのポケットにしまって、後ろから回されている雅治くんの腕に両手で触れる。
「こういうのって……私、すごく恥ずかしくなっちゃうの。」
「知っとうよ。なまえは恥ずかしがり屋じゃからの。」
「うん……でもね、本当はすごく嬉しいんだよ。雅治くんが……す、好きだって言ってくれるのも…照れちゃうけど、本当にすごく嬉しいの。」
ぎゅっと雅治くんのブレザーを握る。
「私、雅治くんと一緒にいられて、とっても幸せなだよ。いつもありがとう、雅治くん。……うまく言えなくて、ごめんなさい。」
きっと、もっと上手な言葉があるんだろうけど、単純な言葉しか出てこない。
これで伝わったのかなって、すごく不安になってしまう。
「知ってたぜよ、お前さんの気持ちくらい。…けど、言葉にしてもらえると嬉しいもんじゃな。」
ちゃんと伝わったのは、雅治くんが上手く自分の気持ちを表現できない私のことを、普段から分かろうとしてくれているからだと思う。
「ありがとさん。」
耳元に落とされた雅治くんの声はすごく優しくて、胸の奥がきゅうっとなる。
「それを言う為にここで待ってたん?」
「うん。雅治くんならここに来るって分かっていたし……ここは初めて雅治くんに会った場所だから。」
それだけじゃなく、一緒に過ごしたことの多い屋上は二人にとって一番の思い出の場所だから。
私が顔だけ振り返ると、雅治くんは少しだけ腕を緩めてくれた。
そのまま腕の中で動いて向かい合わせになった雅治くんの目を、頑張って見つめる。
「雅治くん……大好きだよ。」
顔の熱さと激しい鼓動を自覚しながら私は微笑んで、踵を上げて背伸びをした。
お互いの唇が触れ合ったのは、ほんの一瞬。
ごく軽く重ねた唇を離して目を開けようとしたら、雅治くんに思いっきり抱き締められた。
「…やばいナリ。」
「え、と……なにかダメ、だった?」
「いや、俺がダメじゃ。絶対に見せられない顔しとるけぇ。」
視線だけを動かして私の肩に顔を埋めている雅治くんを見ると、髪の隙間から見える耳がはっきりと赤くなっていた。
雅治くんでも照れることがあるんだ。
なんだか微笑ましいような気持ちで、私は雅治くんの背中にそっと手を回した。
幸福を告げる
(2013.04.28)
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