恋人/ヒロイン視点
風は少し肌寒いけれど、高い空は青く晴れ渡っている。
今日から中高合同で行う海原祭が始まった。
去年の男テニは模擬店で縁日をやって大忙しだったけれど、今年は演劇だから自由時間は多い。
だから、今年こそは雅治と一緒に海原祭を見て回れると私はずっと楽しみにしていた。
(雅治はもう来てるかな?)
女テニの模擬店である甘味処の店番が終わって浴衣から制服に着替えた私は、待ち合わせ場所へと急いだ。
時間にはぜんぜん余裕があるのだけれど、気持ちが逸っている。
「きゃっ…!?」
廊下の角を曲がったところで、私は思いきり誰かにぶつかってしまった。
「ごっ、ごめんなさい!」
その誰かの胸に飛び込んだ形になってしまい、慌てて体勢を立て直そうとしたら、なぜか抱き締められてしまった。
「えっ、な……雅治?」
戸惑いながら見上げた先には、ニヤリと口元を歪めた恋人の顔があった。
「随分と大胆じゃな、昼間から人前で。」
「っ! これは事故だよっ、ただのアクシデント!」
顔を赤くしながら両手で雅治の身体を押し返すと、背中に回っていた腕はあっさりと解かれた。
「そんな焦らんでも分かっとう。行くぜよ。」
「あ…っ 待ってよ。」
先に歩き出した雅治の猫背を追いかけて隣に並ぶ。
(もしかして、わざわざ迎えに来てくれたのかな?)
偶然かもしれないけど、そうだったらいいなと、私は少し頬を緩ませた。
「まずはどこに行こっか?」
「当然、何か食べるナリ。」
定番の焼きそばやフランクフルトなどを食べた後、雅治が私を連れて向かったのは…
「これは季節外れだし全くもってどうでもいいよね。さあ、次に…」
「入るぜよ。」
「やだやだ、これだけは無理!」
すごく愉しそうな雅治が逃げようとする私の手を強く掴む。
「私がこういうの苦手だって知ってるでしょ!」
「ああ、知ってるぜよ。だから入る言うとるんじゃ。」
「嫌だよ!」
「諦めんしゃい。」
「ほんとに嫌なのにー!」
全力で抵抗しても敵うはずもなく、私はずるずると雅治に引きずられていく。
入り口で受付をしている生徒の同情的な視線に見送られながら、私はおどろおどろしい文字で【お化け屋敷】と書かれた看板の下をくぐった。
「所詮は文化祭レベルやけぇ、そんな怖がるもんじゃないと思うがのぅ。」
腕にしがみついている私を見て、雅治は意地悪そうに笑う。
「怖いものは怖いの! 雅治のひとでなし!」
「酷い言われようじゃな。」
涙目で睨んでも雅治を喜ばせるだけだと思い、真っ直ぐ前を向いたら…
「っ…きゃああっ?!」
グロテスクな内臓を剥き出しにした人体模型が立っていた。
「いやぁあーっ!!」
「落ち着きんしゃい。あれはいつも理科室にあるやつじゃ。」
「やだやだ怖いぃ!」
頭の上で雅治が何か言っているみたいだけど、それどころじゃなくて雅治に力いっぱい抱きつく。
「なぁ、さすがに痛いんじゃけど。」
「もう、やだぁ…っ」
「大丈夫じゃから。(まさか、ここまで怖がるとはのぅ…)」
ぽんぽんと私の頭を撫でる雅治にしがみついて固く目を閉じながら歩く。
「うぅ……雅治のばかぁ…」
「はいはい、俺が悪かったナリ。」
お化け屋敷を出た私は廊下の隅に座り込んだ。
「だから嫌だって言ったのに…」
「次はもっと楽しいトコに連れてっちゃるよ。」
「……楽しい所って、どこに行くつもりなの?」
私は疑いの眼差しでそばに立っている雅治をジトリと見上げた。
「A組の執事喫茶じゃ。」
「…それさ、柳生くんと真田くんをからかいに行きたいだけでしょ。」
「そんな事しないぜよ。丸井がそこのケーキが美味いって言っとったけぇ。」
「ふーん。(いまいち信じられないけど…)じゃあさ、ケーキおごってくれる?」
「勿論じゃよ。…手、貸しんしゃい。」
やけに優しく笑った雅治は少し屈んで私に向かって手の平を差し出した。
ずるいなと思いながら、私は少し冷たい雅治の手に自分の手を重ねた。
夢のような恋
(2012.11.25)
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