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恋人(後輩)/ヒロイン視点


お互いの家からそう遠くないからと、夏祭りの会場で待ち合わせをしていた。

約束の時間より少し早く着いたけれど、先輩はもう来ていた。

「亮先輩、お待たせしました!」

「おう。って、なまえ…」

私の姿を見て、先輩は少し驚いたみたいだった。

(浴衣で来るとは言ってなかったからね。)

「どうですか?」

桜の花が散りばめられたピンク色の浴衣の袖を広げて見せる。

「あー……まあ、良いんじゃねぇの?」

「もっと、こう…「可愛い」とか言ってくれないんですか?」

ちゃんと褒めてくれない先輩の顔を下から覗き込む。

「なっ…そんなの言えるか!」

物足りないけれど、先輩の顔が面白いくらいに真っ赤だから、これで良しとしよう。

「はいはい、始めから期待してませんよーだ。」

「悪かったな。とにかく、行くぞ!」

「えっ、亮先輩!?」

少し乱暴に私の手を取って歩き出した先輩に驚く。

「は、はぐれたら困るからよ…っ」

照れ隠しなのか帽子をかぶり直した先輩の隣で、私は小さく笑った。



「さてと……腹ごしらえも済んだし、遊ぶか。」

「はいっ!」

辺りを見回して、目に入ったのはヨーヨー釣りの夜店だった。

「亮先輩、あれ…」

繋いでいないほうの手で、ゆらゆらと水に浮かんでいるヨーヨーを指差す。

「欲しいのか?」

「…うん。」

「何色がいい?」

色とりどりの水風船が浮かぶ水槽の前にしゃがんだ先輩が聞いてくる。

「え? 自分でやりますよ。」

「お前、どうせ取れないで終わるだろ。」

「そんなことないですよ。……多分。」

つい言い返すけれど、はっきり言って図星だった。

気をつけているのに、すぐに紙が水に濡れて切れてしまうのだ。

「言わねぇとテキトーに取っちまうぞ?」

先輩はお店のおじさんにお金を払い、釣り針がつけられた紙こよりを受け取る。

私は水に浮かんで揺れている水風船に視線を向けている先輩の隣にしゃがんだ。

「じゃあ、あのピンクのやつがいいです。」

「おう、任せとけ。」

私が希望した水風船に狙いを定めている先輩の横顔を、こっそり見つめる。

「……よし、取れたぜ。ほらよ、なまえ。」

「わぁ…ありがとうございます!」

先輩からピンク色の水風船を両手で受け取る。

いとも簡単に取ってくれた先輩に少しときめいたのは内緒だ。



「だいたい見終わったな。」

「そうですね。」

あまり大きくないお祭りだから、そんなに見るものはない。

でも、このまま帰ってしまうのは勿体なくて、繋いでいる手に少し力を込めた。

「もう一回りするか。」

「うんっ!」

頭を掻きながら視線を逸らしている先輩に、私は勢いよく頷いた。


歩く度に、片手に持った水風船が2つ揺れる。

ピンクと青が自分達みたいだなと思って、私の口元はゆるむのだった。


(2011.08.20)

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