幼馴染(同学年)/日吉視点
「にゃあ…」
溜息を吐いたつもりが、口から出たのは猫の鳴き声で、それは部屋の空気に溶けて消えた。
こんな姿では何もする事がなく、俺はベッドの上に小さくなった身体を投げ出していた。
鬱屈とした気持ちを抱えたまま目を閉じていると、誰かが階段を上がってくる音が聞こえた。
この騒々しい足音は間違いなくアイツのものだ。
どうせいつもの様に、どうでもいい話をしてくるか面倒な事を頼んでくるのだろうと思い、俺は横になったままでいた。
「若っ! 今日出た宿題なんだ、けど…」
勢いよくドアを開けて中に入ってきたなまえは俺の姿を見て、一瞬だけ固まった。
「タイミング悪いー」
当てが外れて不満そうに口を尖らせたなまえは俺の隣に腰を下ろしてきた。
ベッドの上に乱雑に置かれた教科書とノートをちらりと確認すれば、苦手な数学の宿題を教えてもらいたかったらしい。
数学の宿題が出た時と定期試験の前は毎回の事だ。
家が隣だからといって、しょっちゅう押しかけてくるのは迷惑な事この上ない。
「にゃにゃん(自分でやれよ)」
「ちゃんと一回は自分でやってみたもん。でも、ぜんぜん分からなかったから聞きに来たの。」
コイツは俺の表情や仕草で、言っている内容がなんとなく分かるらしく、会話が成立する。
もっとも、間違っていることも少なくはないが。
「それにしても、ほんとに毛並み良いよね。」
なまえは俺のこの姿を気に入っているらしく、無遠慮に俺の身体を撫でてくる。
「触り心地良くて癒されるなぁ。」
俺はしまりのない顔をしているなまえの手を尻尾で叩いた。
「いいじゃない、ちょっとくらい触っても。このプニプニも癒されるし。」
前足を掴んで肉球を触ってくるなまえに向かって呻り声を上げると、しぶしぶといった様子で手を引っ込めた。
そして、「つまらない」と言って、ごろんと俺のベッドに転がる。
「若が本物の猫なら良かったのに。そしたら…」
「…にゃあ?(なんだよ?)」
「うちで飼って、すごーく可愛がってあげるんだけどな。」
俺に背中を向けているなまえに険しい視線を向ける。
(人の気も知らないで、コイツは。)
無神経な言葉に苛立つ。
「それなら……ずっと…若と、一緒に…いられ、る…」
「!」
勢いよく身体を起こすが、なまえは気持ち良さそうに寝息を立てていた。
あれから少し経つと、俺は人間の姿に戻っていた。
だが、なまえは俺のベッドで暢気に寝ていて起きる気配がまるでない。
「勝手に傍にいればいいだろ、バカ。」
俺はなまえの無防備な寝顔を見下ろし、少し癖のある髪を一度だけ撫でた。
(2016.07.10)
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