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恋人/ヒロイン視点


うん、おかしいと思ったんだ。

人混みなんて嫌いな若が一緒にお祭りに行ってくれるなんて。

「なまえ、いい加減に観念しろよ。」

「なにその悪役みたいな台詞!」

引きつった顔をしている私を見て、ニヤリと意地悪く笑っている若は心底楽しそうだ。

「早くしないと、お前が楽しみにしていた花火が始まるが…いいのか?」

「〜〜〜っ」

「そんなに嫌なら俺はもう帰るぜ。」

「! だ、だめ!」

「なら、さっさと行くぞ。」

「うぅ……なんでこんな目に…」

私はうなだれながら、先に歩き出した若に渋々ついて行った。



神社の裏手からお社まで行き、札を取って戻ってくるのがこの肝試しのルールだ。

そんなに遠い距離じゃない。

だけど、明かりのない雑木林の中の道は暗くて、懐中電灯の光だけでは心細い。

だんだんと怖くなってきて、私は隣を歩く若の腕にしがみついた。

「おい、そんなにしがみ付くな。痛いだろ。」

「だって、怖い……え?」

「なんだ?」

若が持っていた懐中電灯の光が急に弱くなり、消えてしまった。

「どっ、どうしよう!? 道、見えないよ…っ」

「おい、落ち着け。」

「やだやだ怖い…っ」

「…ったく。」

あからさまな溜息が聞こえたかと思うと、いきなり若に抱き締められた。

「え? え? わ、若?」

「大人しくしてろよ。これで少しは怖くないだろ、なまえ。」

「……うん。」

不思議だ。

きっと普段ならドキドキして落ち着かない筈なのに、伝わってくる体温にすごく安心する。



「良かった! 花火の時間に間に合った!」

あの後、後ろから来た親子連れの人に事情を話して一緒に回らせてもらい、無事に戻ってこられた。

「ね、早く行こうよ!」

「煩いから静かにしろ。」

「なによー」

ついさっきは優しかったのに、思いっきり顔をしかめられた。

(だいたいさ、せっかく着てきた浴衣についてなんにも言ってくれないし…)

すごく悩んで選んだ、白地に淡い水色の紫陽花が描かれた浴衣は【清楚】な感じで、気に入ってくれると思ったのに。

だんだんと拗ねた気持ちになっていく。

「こっちだ。」

急に私の手を取った若が、人の流れと逆方向に歩き出す。

「待って、そっちじゃないよ。……まさか、帰るの?」

「俺は人混みが嫌いなんだよ。」

「それは知ってるけど……花火、見ていこうよ。私、楽しみにしてたんだから。」

立ち止まろうとするけれど、力で敵うわけもなく、若に引きずらるようにして歩いていく。

「帰るとは言ってない。」

「でも…っ」

「人が来なくて花火が見える所に行くんだよ。」

「そんな所があるんだ。……もしかして、わざわざ調べてくれたの?」

「勘違いするな。たまたま知っていただけだ。」

すぐに否定した若だけど、髪の隙間から見える耳が少し紅い気がする。

だけど、それには気付かないフリをしてあげた。


(2011.07.16)

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