同学年/ヒロイン視点
体育館は豪華に飾り付けられ、テーブルの上には名前は分からないけれど綺麗に盛り付けられた美味しそうな料理やデザートが並んでいる。
いつもより派手にライトアップされたステージに跡部が姿を見せると、歓声が沸き上がった。
いつもに増して女の子たちの声が大きいのは、跡部が吸血鬼の仮装をしているからだろう。
ただでさえ人目を引く容姿なのに、黒が基調の衣装は跡部の気品と色香を殊更に引き出している気がした。
マイクを手に取った跡部が指を鳴らすと、一瞬にして会場が静まった。
「堅苦しいことは言わねぇ。今日は存分に楽しみやがれ!」
簡潔で乱暴な宣言をすると、跡部はさっとマントを翻してステージを後にした。
しばらくは友達と美味しい料理を食べながらお喋りをしていたけれど、私は人の多さに酔ってしまい、会場である体育館を離れた。
日が傾いて少し薄暗くなった校内を目的もなく歩く。
さっきまでの騒がしさが嘘のように静まり返った廊下に自分の足音がやけに響いている。
学校の公式行事ではないけれど、全ての部活や委員会が休みになっていることもあり、自分の他には人影が全くなくて、少し不気味な感じがする。
確か、こういう昼と夜とが交わる時間帯のことを“逢魔が時”というのではなかっただろうか。
「魔物に逢う時刻、か。……ん?」
なんとなく人の気配を感じて立ち止まると、
「きゃあっ?!」
突然、誰かに抱き竦められた。
「暴れんじゃねぇよ。」
身を捩る私の腰と肩に絡まる腕の力が強まり、耳に艶やかな声が吹き込まれた。
「あ……跡部、なの?」
抱き締められている所為で振り返れなくて顔を見ることは出来ないけれど、この声を間違える筈はない。
「そうだ。」
微かに首筋にかかる吐息に、戒められた身体の熱が上がる。
「っ、…離して、跡部。」
「捕まえた獲物をそう簡単に逃がす訳ねぇだろ。」
「え、獲物って…」
「今の俺様は吸血鬼だからな。…今夜はお前が欲しい。」
低く囁いて、跡部が私の首筋に唇を寄せた。
蠱惑的な香りに包まれて、思考が溶けていきそうになる。
「やっ……ふざける、のは、止めて…!」
唇を押し付けられた首筋に熱い舌が這うのを感じ、消えていきそうな理性を必死で繋ぎ止める。
「止めねぇよ。大人しく俺様にその身を差し出しな。」
「……身体、だけ…なの?」
急にこんなことをする跡部の真意が分からなくて、そう訊ねた私の声は頼りなく震えていた。
「心は、もう俺のものだろう?」
「……だから、一夜限りの相手をしろと?」
私の気持ちを知っていて、弄ぶつもりなのだろうか。
「そんな訳ねぇだろ。」
泣きたくなるような気持ちで聞くと、跡部の声は誘うような妖しいものから一変した。
「お前が俺をそんな風に思っていたとは心外だぜ。…まあ、ちゃんと言わなかった俺にも問題はあるか。」
苦々しい声と共に、きつく抱き締められていた身体が解放された。
そして、身体を反転させられる。
「跡部…?」
戸惑っていると、顎に手を掛けられて視線を合わされた。
「お前が好きだ。だから、俺のものになれよ。」
「お、横暴。もっと、他に言い方が…っ」
偉そうな跡部の言葉に、つい反論してしまうけれど、告げられた気持ちが嬉しくて私の頬は緩む。
「ちゃんと言ってやったんだ。お前の気持ちも聞かせろ。」
言葉とは裏腹に、跡部の瞳はは優しい色をしている。
「私も跡部が好き。」
「フン…当然だ。」
満足そうに笑った跡部が私を抱き寄せる。
それに抵抗しないでいると、
「なまえ、今夜は帰さねぇからな。」
甘い囁きが耳に落とされた。
――魔性の者に魅入られた者に、逃げる術は無い。
(2011.10.31)
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