後輩/生徒会役員/ヒロイン視点
「よお、久しぶりだな。」
生徒会室の大きな扉を開けると、この学園の王様が会長用の立派な革張りのデスクチェアに優雅に座っていた。
「お久しぶりです、跡部先輩。珍しいですね。仕事の引き継ぎが終わってからは、ここにはいらっしゃらなかったのに。」
「お前、俺様に会えなくて寂しかったのか?」
跡部先輩は片手で前髪を掻き上げ、悠然とした笑みを浮かべる。
「はい? いえ、私は別に…」
戸惑いながらも、完全に否定するのは失礼だと思い、語尾を濁す。
すると、何を勘違いしたのか、跡部先輩は自信たっぷりな表情をして笑みを深めた。
「素直じゃねぇな。この俺様が、わざわざ会いに来てやったのによ。」
跡部先輩はすっと立ち上がると、呆気に取られている私の方へと歩いてきた。
「なまえ。」
「は、はい。」
なんとなく、跡部先輩の雰囲気がいつもと違うような気がして、変に緊張する。
そして、どうして急に名前で呼ばれているのだろうか。
前は普通に苗字で呼ばれていたのに。
「受け取れ。」
跡部先輩は制服のブレザーの内ポケットから綺麗にラッピングされた細長い箱を取り出し、私に差し出した。
「あの、これは…?」
戸惑って跡部先輩の顔を見ていると、痺れを切らしたのか舌打ちされた。
眉を僅かに顰めた跡部先輩は私の手を取り、なかば強引に箱を押し付けてきた。
「ありがとう、ございます…?」
首を傾げつつも素直に受け取ってお礼を言うと、跡部先輩は少し満足そうに表情を和らげた。
「開けてみな。」
「…はい。」
何が入っているのか気になることも手伝い、私は促されるままにラッピングを解いていった。
箱の中から出てきたのは、高級感が漂う黒のベルベットのケースだった。
おそらく、中身はアクセサリーの類なのだろう。
どうして急にそういった物をプレゼントされるのか分からなくて戸惑う。
じっとケースを見たままでいると、上から無言の圧力を感じた気がして、そっと蓋を開けた。
「……わぁ…」
ごくシンプルだけど可愛らしいデザインのネックレスを目にして、思わず感嘆の声を洩らした。
跡部先輩の趣味とは違う気がするけれど、私の好みにはとてもピッタリだ。
「気に入ったか?」
とても優しげな声に、ネックレスから跡部先輩に視線を移すと、これまでに見たことのない柔らかい表情をしていた。
俄かに、鼓動が音を立てる。
「はい。ですが、このような物を頂く理由が…」
「理由は、今日がバレンタインだからに決まっているだろうが。」
「はい?」
さも当然のように言われたけれど、訳が分からない。
「何だ、知らねぇのか? ヨーロッパじゃ、バレンタインってのは恋人達の記念日なんだぜ。」
「あ、それなら聞いたことがあります。」
でも、私と跡部先輩は付き合っていないのだから、やはりプレゼントを貰う理由がない。
首を傾げていると、跡部先輩の手が伸びてきて、顎を掬い上げられた。
「俺はお前が好きだ。だから、俺と付き合え。」
真剣みを帯びた瞳からは目が逸らせなくて、自分の体温が上がるのを感じた。
(落ち着け、私。)
動悸が激しいのは、告白されたのが初めてだからだ。
決して、この俺様な人にときめいたとかじゃない……と思う。
「じゃ、行くぞ。」
跡部先輩は、ごく自然な動作で私の腰に手を回した。
「ど、どちらに行かれるのですか?」
つい流されそうになった私は、慌てて足を止めた。
「デートするんだよ。今日は楽しませてやるから、大人しくエスコートされろ。」
その高圧的な言葉とは裏腹に、見上げた先の跡部先輩は酷く優しい表情をしていたから、どうしていいか分からなくなってしまう。
「ほら、行くぞ。」
なぜか抵抗が出来なくて、腰を抱かれたまま生徒会室を出る。
認めたくないけれど、乱れてしまった鼓動は容易には鎮まってくれそうになかった。
(2011.02.14)
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