恋人/ヒロイン視点
今日は景吾くんに連れられてオペラを観に来ており、私は先月の誕生日に贈られた淡い色のドレスに身を包んでいた。
膝丈のドレスは上品かつ可愛らしいデザインで、とても素敵だ。
だけど、柔らかく肌触りの良い生地は薄くて、こういう格好に慣れていない私は何だか心許ない。
それに、ドレスに合わせたというアクセサリーはどれも高価そうで、尚更緊張してしまう。
こうやって何かと気後れしてしまうことが多いけれど、景吾くんが見せてくれる新しい世界には心が華やぐ。
「そろそろ行くか、なまえ。」
会場を後にする人の波が収まってきたのを見計らい、落ち着いた色のスーツを着た景吾くんが立ち上がる。
優雅に差し出された手の平に自分の手を重ねて席を立ち、景吾くんの腕に手を添えて歩き出す。
「あ…っ」
気を付けていた筈なのに階段に躓いてしまい、ぐらりと身体が傾く。
「っ、…大丈夫か!?」
「う、うん…」
咄嗟に支えてくれた景吾くんのおかげで転ばずには済んだけれど、脱げたパンプスの片方が階段を落ちていった。
「ここで待ってろ。」
景吾くんは頭が真っ白になってしまっている私を近くの席に座らせて、階段を下りていく。
ざわめきの中から嗤う声が聞こえたような気がして、私は俯いて膝の上の手を握り締めた。
自分の所為で景吾くんに恥をかかせてしまった。
申し訳なさでいっぱいになり、震える唇を噛んでいると、ぼやけた視界の端でライトブラウンの髪が揺れた。
景吾くんともあろう人が、自分の足元に膝をついているなんて。
あまりにも驚いて声が出ない。
跪いた景吾くんは細いチェーンのアンクレットをつけている私の足を恭しく持ち上げ、パンプスを履かせてくれる。
「……ごめん、なさい…」
長い睫毛を伏せた景吾くんの眉間には皺が刻まれていて、私は泣いてしまいそうになる。
「気にしなくていい。それより、自分で歩けるってのは聞かねぇからな。」
強く言うなり、景吾くんは私を横抱きにして持ち上げた。
「けっ、景吾くん、どうして…っ」
「今ので足を挫いたんだろうが。俺様の目は誤魔化せねぇぜ。」
そう言われて初めて、私は足首が鈍い痛みを訴えていることに気が付いた。
「ちゃんと掴まってろよ。」
「…うん。」
降ろして欲しいと言ったところで聞いてもらえないだろうことを感じ取り、小さく頷く。
私は大人しく景吾くんの首に腕を回し、肩に額を押し当ててきつく目を閉じた。
送迎の車に乗り込むと、景吾くんが手当てをしてくれて、私はさらに申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「本当にごめんね、景吾くん。」
隣に座っている景吾くんの顔が見られなくて、私は深く俯いたまま口を開いた。
「まだ気にしてんのか、お前は。」
「だって、パートナーの私が失敗したら景吾くんが…」
景吾くんに相応しくなれるよう、マナーや立ち居振る舞いを勉強していたのに、肝心な場所で失敗してしまうなんて。
「あの位、どうって事ねぇよ。」
膝の上で握り締めている私の両手に、景吾くんの手が重ねられる。
「なまえ、お前が頑張っているのは知っているが、焦る必要は無い。」
ゆっくりと顔を上げると、景吾くんは私の目の端に滲んでいた涙に優しく唇を寄せた。
そして、抱き寄せられるまま、景吾くんの胸に身体を預ける。
「景吾くん、今日は誘ってくれてありがとう。失敗はしちゃったけど…劇場でオペラを観るのは初めてで、楽しかったよ。」
「…そうか。お前が楽しめたのなら、誘った甲斐があるぜ。」
少しだけなら甘えても許されるだろうかと、景吾くんの腕の中に守られながら目蓋を閉じる。
景吾くんの温もりに包まれて、私はこうして隣に居られる幸せに感謝していた。
あなたの愛は私を幸福にする
(2015.06.28)
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