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恋人/ヒロイン視点


付き合い始めてすぐは、毎日が薔薇色ってこんな感じなんだろうな、なんて思うくらいに幸せだった。

大好きな人のそばにいられて、それ以上の幸せなんてなかった。

だけど、今の私は不安でいっぱいだ。

その理由は、彼が私に触れようとしないことにある。

何も言わない彼が何を考えているのかなんて、私に分かるはずもない。

でも、言葉にされてしまうのが怖くて、自分からは何も聞けないでいる。

私のことなんてもう要らないと、そう言われてしまったら…

そんなことはないと思いたいのに、悪いほうにばかり考えがいく。

どうして、こんなふうになってしまったのだろう。

「……っ、…」

ぽたり、と無意識に膝の上で握り締めていた手の甲に涙が落ちた。

止めようと思っても止まってくれない涙を何度も手で拭う。

早く泣き止まないと、今は席を外している彼が戻ってきてしまう。

でも、急に彼の家に連れて来られた理由を考えたら、別れ話をするためとしか思えなくて…

学校では人目があるから、面倒なことにならないように私を自分の家に連れて来たんじゃないかなって…

「どうしたんだ?」

「っ!」

静かにかけられた声に固まる。

「……なんでもないよ、跡部くん。」

どうにか涙を引っ込めて無理矢理に笑ったら、温かい手が頬に当てられた。

途端に、両方の目から涙が零れ落ちる。

この手に触れられるのは、いつ以来だろうか。

跡部くんが驚いたように目を見開いて私を見ているけれど、次々に涙が溢れてきてしまう。

「何があった?」

心配そうな声に、私はただ首を振ることしか出来ない。

「一体どうしたってんだよ。」

「なんでもっ…ない、よ…」

深く俯いてぎゅっと目を瞑れば、また涙が零れた。

「……くそっ」

小さく舌打ちされてビクッと身体を揺らした私を、温もりが包み込んだ。

ソファーの隣に座った跡部くんに横から抱き締められたのだ。

「何かあったのなら俺に言えよ。勝手に一人で泣くな。」

「…だって……何も、なかったから。…私、ずっとこうして欲しかったよ。」

おそるおそる跡部くんの腕に触れ、わずかに身体を預ける。

「そんなもん……俺だって…」

私の肩に回っている跡部くんの腕の力が強くなって、少し痛いくらいだ。

それがすごく嬉しい。

「じゃあ、どうして…私に触れてくれなかったの?」

「こうやって触れてしまえば、もっとその先を求めてしまうからだ。」

ぎゅうっと、更に強くなる跡部くんの私を抱き締める腕の力。

「お前が思っているより遥かに、俺はお前の事が好きだ。大切にしたいと、思っているんだ。」

跡部くんの声も身体も微かに震えているような気がした。

「私も…きっと跡部くんが思っているよりも、私は跡部くんのことが好きだよ。だから…」

「そんな簡単に言うんじゃねぇよ。手を繋いだだけでバカみたいに幸せそうな顔をする奴に容易く触れられる訳ねぇだろうが。」

「……私が、望んでいても?」

少しだけ跡部くんから身体を離して見上げれば、その瞳には揺らぎがあった。

「私は、跡部くんにもっと近付きたいよ。」

じっと跡部くんを見つめると、跡部くんは少し躊躇いがちに両手で私の頬を包んだ。

「お前は…後悔しないか?」

透き通るような蒼色の瞳が間近で覗き込んでくる。

「しないよ、絶対に。だって…私は跡部くんのことが好きだから。」

跡部くんの蒼い瞳に映る私はゆっくりと微笑んだ。

私の頬を包んでいる手の指先に力がこもるのを感じて、身体に力が入ってしまう。

そんな私を安心させるように、跡部くんが優しく髪を撫でてくれる。

そして、髪を撫でていた手が再び頬を包み込んで、少し上を向かされる。

「お前が好きだ。」

「私も……景吾くんが好き。」

酷く真剣な瞳をした恋人に微笑みかけて、私は静かに目を閉じた。

「本当に好きだ。」

囁くような声がして、微かな吐息が唇を掠め、音もなく重ねられた唇。

それは、羽が触れるような、とても繊細な口付けだった。



真面目な恋

(2012.11.28)

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