※吸血鬼パロディ
ヒロイン視点
帰りが遅くなってしまった私は近道をしようと公園を横切ることにした。
もう日は落ちているものの、まだ街灯の点いていない公園は薄闇に包まれており、自然と足早になる。
公園の中央にある噴水の近くまで来た時、そこにある人影に気付き、驚いた私は足を止めてしまった。
だけど、すぐにまた歩き出して、その人の前を通り過ぎる。
「お前……美味そうな匂いがするな。」
耳に届いた妙に艶のある声に立ち止まり、噴水の縁に座っている人を振り返る。
暗がりの中、冷ややかな光を湛えたアイスブルーの瞳をしたその人は、人間離れした美貌を持っていた。
どこか妖しい美しさに見惚れてしまっていると、足を組んで座っていたその人が立ち上がって、私へと歩み寄ってきた。
「お前の血は甘そうだ。」
「え…?」
一体何を言っているのだろうと思った次の瞬間、突然に抱き締められた。
「な、なに…っ!?」
「大人しくしていろ。すぐに済む。」
耳元で低く囁かれた後、首筋に鋭い感触が突き立てられるのを感じた。
与えられた痛みに声も出ず、手から離れた鞄が足元に落ちる。
不思議なことに、すぐに痛みは無くなった。
だけど、ドクドクと首筋の血管が脈打っているのを感じる。
血を啜られているのだと、あまりにも非現実的な状況を理解する。
何故か少しも動かせない身体の力が抜けていき、段々と視界が狭まっていく。
このまま死んでしまうんだと思ったところで、私の意識は途切れた。
意識が戻って最初に目に映ったのは、見たことのない美しい細工が施された豪奢な高い天井だった。
「大丈夫か? 急に起きないほうがいいぜ。というか、起きられないだろうがな。」
ふかふかの大きなベッドに寝かされていた私は首だけを動かして傍らに立っている人物を見た。
それは、やはり公園で出会った男の人だった。
明るい場所で改めて見れば、本当に綺麗な顔をしている。
まるで、この世のものではないみたいな…
そう考えて、ハッとする。
「あなたは……何者なの?」
「何だと思う?」
口の端を持ち上げる彼は酷く妖艶だ。
「多分、お前が想像したので合ってるぜ。」
「……吸血鬼、なの?」
信じられないと思いながらも真実を確かめるべく問いかける。
だって、さっきから貧血の時みたいに頭がクラクラしているのだ。
「正解だ。そして、お前は……吸血鬼に囚われた哀れな贄、といったところか。」
目を細めてクツクツと喉の奥で笑う彼に、背筋が寒くなる。
「お前の血は極上の味だったぜ。」
「私、を……殺すの?」
どうしようもなく声が震えて掠れる。
私は彼に一滴も残らず血を吸われ、干乾びて死んでしまうのか。
「それなら、わざわざ連れて帰る訳ねーだろ。大体、殺さなくても血は採れるからな。」
つまり、このまま私を閉じ込めて飼い殺しに…
恐ろしい想像に、背中を冷たい汗が流れる。
「冗談だ。そんな目で見るんじゃねーよ。ちゃんと家に帰してやる。」
「え…」
「ここに連れて来たのは、血を貰い過ぎた所為でお前が気を失ったからだ。…悪かったな。喉が渇いて、どうしても衝動が抑えられなかった。」
思い切り横を向いてばつが悪そうに謝る彼はさっきまでとは違い、なんだか普通の人みたいだ。
「本当に、家に帰してくれるの?」
「ああ。但し、お前が俺の正体を誰にも口外しないということが条件だ。」
「絶対に言わないから家に帰してください。」
約束を違えるつもりはないと、彼の冷たく光るアイスブルーの瞳を見返す。
「分かった。じゃあ、俺が家まで送ってやる。」
「え、いや、それは遠慮…」
「道が分からねーだろ。…取り敢えず、もう少し休んでいろ。」
大きな手が伸びてきて、思わず首を竦めた私の頭を彼が優しく撫でる。
「ところで、お前の名前は?」
私の髪を一房掬い上げ、長い指を通しながら彼が問う。
「……みょうじ…なまえ。」
少し迷ったけれど、彼はそんなに危険じゃないように思えて、素直に自分の名前を教えた。
「なまえ、か。…覚えておいてやる。」
「あなたは何ていうの?」
「そのうち教えてやるよ。」
まるでまた会うことがあるみたいな言い方をして、彼は私の額に唇を寄せる。
少し冷たい唇が触れると、急に強い眠気が襲ってきて、私は再び意識を手放した。
紅い薔薇の花びらが散る
(2012.07.11)
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