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恋人(後輩)/ヒロイン視点


今日は調理実習があって、私の班は特に失敗もなく、プレーンとチョコレートの二種類のカップケーキが綺麗に焼き上がった。

それが入ったトートバッグと学生鞄を手に、私は落ち着かない気持ちで先輩をいつもの昇降口で待っていた。

「ごめん、待たせてしまったね。」

「いえ、全然ですよ。私も来たばかりですから。」

もう一度「ごめんね」と言った先輩は手提げ袋を持っていて、その中にはいくつかカップケーキが入っているのが見えた。

どれも可愛らしくラッピングされていて、なんだかモヤモヤした気持ちになってしまう。

「君のクラス、今日は調理実習だったらしいね。」

「はい、そうなんですよ。」

さっと手提げ袋の中身から目を逸らして答える。

先輩は優しいから、こういうプレゼントを断ったりしない。

そういう分け隔てない優しさが好きだと思うのに、いちいち気にしてしまう心の狭い自分がいて嫌になる。

「それで…君はくれないの? 俺、すごく楽しみにしてたんだ。」

「えっと、…私は明日渡しますね。」

「今日じゃ駄目なのかい?」

「それは……その…」

上手い理由も見つからず、私は諦めて正直に言うことにした。

「先輩は他の人からも貰うだろなって思って、それで……みんなと同じは嫌だったから、家に持って帰ってデコレーションでもしようかなって…」

変な意地というか見栄というか、そんなものを張っていたのを知られるのが恥ずかしくて、段々と声が小さくなる。

「可愛いこと考えるね、なまえは。」

思ってもいなかった先輩の反応に顔を上げると、なぜだか頭を撫でられた。

「そうだ。どうせなら、君が作ってるところ見たいな。」



にこにこと笑う先輩を前にして断れるはずもなく、私は先輩と一緒に自分の家に帰ってきた。

作業を始める前に「のんびりしていてください」と、お茶を出してみたけど、先輩はキッチンに立った私の横から離れてくれなかった。

先輩が見ていることに緊張しながら、並べたカップケーキに作ったばかりのバタークリームを絞り出していく。

気を遣ってくれているのか、先輩は何も喋らないけれど楽しそうな顔をしていた。

まだ少し緊張はしているものの、なんだか私も楽しくもなってきて、クリームの絞り方を変えてみたりする。



「そばで見ていたけど、すごいね。こんなに綺麗に仕上がるなんて。」

お皿の上に並んだ一口サイズのカップケーキを見て、先輩が感心したように言うから、少し照れてしまう。

「ありがとうございます。…あの、お待たせしてまいましたけど、良かったら食べてください。」

「ありがとう。じゃあ早速、いただきます。」

先輩は花の形に絞り出したクリームが乗っているプレーンのカップケーキを手に取った。

丁寧にカップを外して、ケーキを口へと運ぶ。

「…うん、おいしいよ。」

つい見つめてしまっていた私に、先輩は優しく笑いかけてくれる。

「君も食べたら? それとも、食べさせて欲しい?」

「い、いえっ、大丈夫です…っ」

悪戯っぽく笑う先輩に、ぶんぶんと顔を横に振る。

先輩は「残念だな」と言って、その残り半分を自分の口に入れる。

完全にからかわれているなと思いながら、私はチョコレートのほうを選び、カップを剥がしたケーキをかじった。

少し心配していたけれど、カップケーキもバタークリームもちゃんと美味しい。

「あ、指にクリームが付いてるよ。」

そう言われて自分の手を見てみると、人差し指の先に少しクリームが付いていた。

手を捕まれたと思った次の瞬間、先輩が私の指のクリームを舐め取った。

驚き過ぎて言葉が出ない。

「フフッ 耳まで真っ赤になってるね。…可愛い。」

口をぱくぱくさせるだけの私を、先輩が抱き寄せる。

「あ、あのっ…精市、せんぱ…っ」

「もう少しここにいて、なまえ。というか、…逃がしてあげないから。」

息を吹き込むように耳元で囁かれて、ますます顔が熱くなる。

けれど、先輩の胸の中にすっぽり収まってしまった私には、そのまま大人しくしているしか選択肢はなかった。

だって私は、離してなんて欲しくないのだから。



可憐な欲望

(2015.12.30)

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