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先輩/忍足視点


温室へと続く道は色とりどりの落ち葉に彩られており、踏み締める度にカサカサと小気味良い音を立てる。

のんびりと歩きながら、俺は隣の彼女を見遣った。

今では俺の方が少しだけ目線が高い。

「身長、追い越されちゃったみたいだね。それに…大人っぽくなったよね、忍足くん。」

俺を見る彼女は柔和な表情の中に何故だか複雑そうな色を秘めているようだった。

「そうですか?」

「うん。最初に会った時は可愛い男の子って感じだったけど、今は…」

「みょうじ先輩。」

ブレザーの袖に半分くらい隠れている彼女の手を掴んで立ち止まる。

細くて頼りない、女の子の手だ。

「大事な話があるんですけど、聞いてもらえます?」

「…うん。」

俺の真剣な雰囲気が伝わったのか、彼女は慎重に頷いてから俺に向き直った。

冷たい風が吹いて、色鮮やかな葉がヒラヒラと舞い落ちてくる。

「俺、……」


● ● ●


――あの日、俺の告白に彼女は頬を染めながら頷いてくれた。

「お待たせしました。」

「ありがとう、侑士くん。」

ドアを開けると、部屋にある鉢植えを見ていた彼女が俺を振り返った。

ローテーブルに淹れたてのハーブティーを置き、床に腰を下ろした俺の隣に彼女も膝を崩して座った。

俺が淹れてきたのは、彼女から分けてもらったドライハーブを使って自分でブレンドしたものだ。

自分でも意外だったが、世話をしていると愛着が湧き、興味も出てきて、今ではすっかりハマっている。

「前に増やしたレモンバームも元気そうだね。」

ハーブティーに口を付けた彼女が俺を見て笑いかける。

「最初になまえが言うてた通り、ほとんど手間かからへんからな。」

そう返して、自分もハーブティーの入ったマグカップに口に運ぶ。

「それだけじゃなくて、ちゃんと面倒を見てくれているでしょ?」

「そら、まあ…枯らしてもうたら可哀相やし。」

それに彼女から分けてもらったのだから、大事にしたいと思うのは当然だろう。

そして、他にも彼女の影響で小さな観葉植物が置いてあり、以前は殺風景だった俺の部屋を彩ってくれている。

「やっぱり優しいよね、侑士くんは。会ったばかりの時からいろいろ手伝ってくれたし。」

そう言って微笑う彼女は、俺が進んで彼女を手伝っていた理由など知らないのだろう。

好きな子の気を引きたいという、純粋であり不純でもある動機からだというのは。

いずれにしても、可愛らしいものだったと思う。

「そうでもないと思うけどな。…まあ、なまえにはいつでも優しくしとるつもりやけど。」

彼女の長い髪を耳にかけ、柔らかな頬に唇を押し付ける。

途端に顔を赤くする彼女を横から抱き締めて、頭に頬擦りする。

「可愛えな、なまえは。」

「…侑士くんは可愛くなくなったよね。」

「そら、いつまでも“可愛い後輩”なんてやってられへんわ。」

「今は可愛い後輩とは思ってないよ。侑士くんは……私の大事な人、だもの。」

俺の手に触れる、彼女のしなやかで繊細な指。

甘やかに微笑む彼女の優しい瞳。

彼女の全てが愛おしくて堪らない。

「あー、あかん。なまえんこと、めっちゃ好きや。」

腕の中にいるなまえの艶やかな髪に手を差し込み、花びらのような唇を奪う。

何度か口付けてから唇を離すと、彼女はくたりと俺の胸に凭れかかってきた。

「突然、なんだから。」

小さく口を尖らせた彼女は、怒っている…というよりも照れているようだ。

「突然やなかったらええの? この間は『いちいち聞かないで』言うてたけど。」

「っ、……もう、知らない…っ」

あまりからかうと、いつも穏やかな彼女でも拗ねてしまうかもしれないので、俺は口を閉じた。

片腕を細い腰に回したまま、俯いてしまった彼女の絹糸のような髪を撫でる。

髪の隙間から覗く耳の縁がほんのり赤く染まっていて、俺は声には出さずに笑った。

出会った頃は大人びて見えた彼女だが、付き合うようになってからは可愛いと感じることのほうが多い。

「ほんまに好きやで、なまえ。」

俺は大人しくされるがままの彼女の耳元で囁くように言って、指に絡めた髪に唇を落とした。



この囁きに耳を傾けて

(2015.10.15)

 

レモンバームの花言葉は「思いやり」「同情」

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