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先輩/忍足視点


温室の外にある花壇の前にしゃがみ込み、咲き終わって枯れた花をつけている茎をハサミで切っていく。

花の手入れは水や肥料を与えるだけではなく、この花がら摘みは重要な手入れの一つだそうだ。

なるべく時間を見つけては彼女の手伝いをしているが、よく今まで一人でやっていたと思う。

おまけに放置されていた温室は荒れ放題になっていたというのだから、今のようになるまでかなり大変だっただろう。

(にしても、あっついわ。)

夏の陽射しは強く、さほど動いていなくても汗が流れてくる。

俺は腕で額の汗を拭いながら、少し離れた場所で同じ様に花がらを摘んでいる彼女を盗み見た。

「忍足くん、どうかした?」

ぼんやり見惚れていると、視線に気付いたのか、急にこちらを見た彼女が小さく首を傾げる。

「いや、その…っ」

「もしかして、疲れちゃった? 汗もかいたし、少し休憩にしよっか。」



春は温室の中に置いてあったテーブルとイスは外の木陰の下に移動させてあり、俺たちはそこに腰を落ち着けた。

「ありがとう、忍足くん。でも、悪いね。せっかく部活がお休みなのに手伝わせちゃって。」

「いえ、気にせんといてください。っちゅーか、役に立てとるならええんですけど。」

「すごく助かってるよ。本当にありがとう。」

「いや、そんな…」

柔らかな笑顔を向けられ、俺は照れて視線を逸らした。

「あのね、今日のハーブティーはちょっとびっくりすると思うよ。」

「そうなんですか?」

さっき彼女が保温ポットからお湯を注いだガラス製のティーポットの中を見れば、透き通った青紫色になっていた。

「うん。たぶん見たことないんじゃかな。」

なんだか楽しそうに笑った彼女が透明なティーカップにハーブティーを注いでいく。

「これにレモン汁を入れると面白いことが起きるから。」

そう言われ、出されたレモンスライスを絞ってみると、ハーブティーが綺麗なピンク色に変わった。

「すごいですね。これも育てとるやつから作りはったんですか?」

「そうだよ。この間まで咲いてたコモンマロウっていう花なんだけど、クセが少ないから飲みやすいと思うよ。ちなみに、色が変わるのはリトマス紙と同じ理屈らしいんだけど…私も詳しいことは分からないんだよね。」

「へえ、そうなんですか。」

彼女の説明を聞き、俺はお手製のハーブティーを口に運んだ。

「あ、忘れるところだった。」

座りかけた腰を上げた彼女は、空いているイスに置いてあったトートバッグからラッピング袋を取り出した。

彼女が袋から取り出したクッキーの入った紙製の箱をテーブルの上に置く。

「甘さは控えめなんだけど、よかったらそうぞ。」

俺に勧めながら、彼女は丸いクッキーを一枚つまんだ。

「ほな、いただきます。」

自分も彼女の手作りらしいクッキーを一枚手に取る。

一口食べてみると、爽やかでほんのり甘い香りが口に広がった。

甘さが抑えられているだけじゃなく、少しほろ苦いような味がする。

「少し変わっているでしょ? キャラウェイっていうスパイスを生地に練り込んであるの。」

「そのスパイスの名前、初めて聞きました。」

「そう? パンとかケーキにもよく使われるんだけどね。それとね、…」

テーブルに頬杖をついた彼女は、なんだか悪戯っぽいような笑みを浮かべた。

「昔は惚れ薬に使われたりもしたんだって。」

「へっ?」

「ふふっ…深い意味はないから安心していいよ。」

「そ、そうですか。……あの、みょうじ先輩は好きな人とかいてはるんですか?」

ちょっとがっかりしたような気分になりつつ、この流れならおかしくないだろうと、ずっと気になっていたことを聞く。

「今はいないよ。忍足くんのほうはどうなの?」

同じことを聞き返され、俺はじっと彼女の目を見つめた。

「いてますよ。片思いですけど。」

「そうなんだ。相手の子に想いが伝わるといいね。」

俺を真っ直ぐに見つめ返して優しく微笑む彼女はいつもと変わらない。

「…ありがとうございます。まだまだこれからみたいなんで、頑張りますわ。」


(2015.10.08)

 

コモンマロウ(薄紅葵/うすべにあおい)の花言葉は「柔和な心」「魅力的」「穏やか」「優しさ」「熱烈な恋」「勇気」など

キャラウェイの花言葉は「強い心」「迷わぬ愛」

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