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先輩/忍足視点


入学したばかりの俺は、新しい学校のやたらと広い敷地を一人で散策していた。

気ままに歩くうちに見つけたのは、こぢんまりとしたガラス張りの温室だった。

試しにドアを押してみると鍵はかかっておらず、俺は中に入ってみた。

「見事なもんやなぁ。」

色とりどりの花が咲き乱れていて、花に特別の興味を持っていない俺でも感嘆してしまう。

「おっと、人おったんか。」

さほど広くはない温室の真ん中には木製の丸いテーブルとイスがあり、そこに座っている彼女はテーブルに乗せた腕に顔を伏せていた。

ガラス越しに降り注ぐ柔らかな陽射しが彼女の長い髪をキラキラと輝かせている。

勝手に入ったのはまずかったと踵を返そうとした時、微かに身動ぎをした彼女が緩慢に顔を上げた。

こちらに横顔を向けている彼女の、眠そうに伏せられた瞳を縁取る睫毛は長い。

綺麗な横顔に見惚れていると、身体を起こした彼女がゆっくりとこちらを向いた。

細い肩にかかっていた艶やかな髪がさらりと流れる。

彼女の瞳に見つめられた瞬間、胸の奥が大きな音を立てた。

「あなたは…?」

「っ、……すんません、勝手に入ってもうて…っ」

ハッと我に返り、動揺しながら謝る。

「それは気にしなくていいよ。ただ、自分以外の人がここに来るのが珍しくて。」

彼女はイスから立ち上がり、俺のほうに歩み寄ってくる。

「そうなんですか。あの、ここって…?」

近くに立った彼女は俺よりも少し目線が高かった。

「この温室は私が個人的に使わせてもらっているの。元々は園芸部が使っていたらしいんだけど、私が入学した時にはもう使われていなくて。」

周りの花に目をやりながら、彼女はその絹糸のような髪をそっと耳にかける。

「ほな、一人でここの花の世話してはるんですか? すごいですね、こんな綺麗に。」

「…ありがとう。」

瞳を柔らかく細めて上品に微笑む彼女が、俺には酷く大人に見えた。

「あの、…俺、1年の忍足いいます。」

「新入生なんだね。…もしてして、迷ってここに来ちゃったの?」

「いや、どこに何があるんかなって歩き回っとったら温室が見えたんで。あの……良かったら、またここに来てもええですか?」

「もちろん。いつでも歓迎するよ。」

いくらか緊張しながら聞くと、彼女は優しく微笑んでくれた。


● ● ●


あの出会いから数日後、部活のない日の放課後に温室を訪ねると、彼女の柔らかな笑顔に迎えられた。

勧められるままに温室の中に置かれているイスに腰を下ろす。

「本当に来てくれたんだね、忍足くん。」

「迷惑やなかったですか?」

「全然そんなことないよ。友達もあんまり来てくれないから嬉しいな。」

「そうなんですか? こない綺麗やのに。」

「ここは校舎から遠いから。…そういえば、私の名前を教えていなかったよね。」

そう言って自己紹介してくれた彼女は俺より2つ上の3年生で、みょうじなまえさんというそうだ。

彼女は「少し待っててね」と言い、持参してきたらしいマグボトルを取り出して中身を花柄のマグカップに注いだ。

「はい、良かったら飲んでね。」

目の前のテーブルに置かれたマグカップの中では綺麗な金色の液体が湯気を立てているが、どうも紅茶や日本茶の香りではない。

「先輩、これって…?」

「ハーブティーだよ。何種類かブレンドしてるの。クセが強いものは使っていないし蜂蜜を入れてあるから、たぶん大丈夫だと思うんだけど…苦手だったら無理しないで残してね。」

「えっと…ほな、いただきます。」

自分には馴染みのないもので、おそるおそる口をつける。

「なんやろ……不思議な味ですね。そんなに嫌いやないかも。」

「それなら良かった。」

少し嬉しそうに笑った彼女はマグボトルのフタに自分の分のハーブティーを注いだ。

「もしかして……このマグカップって先輩のやったんですか?」

「うん。お客様にこれで飲ませる訳にはいかないからね。そのマグカップ、今日はまだ使ってなかったし。」

彼女のほうは全く何も気にしていないようだが、俺は変に意識してしまって、それ以降なかなかマグカップに口をつけられなかった。


(2015.10.01)

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