同学年/ヒロイン視点
「なまえっ! なまえー!」
後ろから聞こえた元気な声に振り返れば、廊下の向こうからジロちゃんが私のほうに走ってきていた。
「ジロちゃん、廊下は走ったらだめだよ。」
私の前でぴたっと止まったジロちゃんに、やんわりと注意する。
「うん、それよりさ、今日の放課後、ケーキ食べに行こ!」
あっさりと私の注意を聞き流してしまうジロちゃんだけど、大きな目をくりくりさせた楽しそうな表情を見ると怒る気にはなれない。
「一緒に行きたいけど、私は部活があるから…」
今日は水曜日だからジロちゃんのテニス部はお休みだけど、私のほうは部活を休めない。
すごく残念だけれど、諦めるしかない。
「じゃあ、俺待ってるから。それなら大丈夫だよねっ、ねっ!」
「でも、遅くなっちゃうよ?」
「そんなの気にしなくていいC〜 俺、なまえと行きたいんだもん。それでね、そこ丸井くんが教えてくれた店で…」
「わ、わかったよ。一緒に行くから、私の部活が終わるまで待っててくれる?」
丸井くんというのはジロちゃんが憧れている他校の選手で、その丸井くんについて語り出したら止まらなくなりそうなので、あわてて止める。
「やった! 教室で待ってるからねー!」
ブンブンと手を振りながら、ジロちゃんはまた廊下を走っていってしまう。
小さく手を振り返してジロちゃんを見送りながら、久しぶりに遊べることに私の口許は緩んでいた。
(ジロちゃん、どうしたのかな?)
部活が終わってから急いでジロちゃんのクラスに来てみたら、そこには誰もいなかった。
ジロちゃんのことだから、どこかで寝ているのかもしれない。
それなら、屋上や中庭にいる可能性が高いけれど…
少し考え直して、私は自分のクラスに向かった。
「寝てるよね、やっぱり。」
見つかったのは良かったけれど、ジロちゃんは無防備な顔で気持ち良さそうに寝ている。
しかも、知っていたのか偶然なのか、座っているのは私の席だ。
そんなジロちゃんの周りにはお菓子の箱がいくつもある。
きっとクラスメイトの誰かが置いていったのだろう。
同じクラスだった去年、私や他のクラスメイトもよくジロちゃんにお菓子を分けてあげていたから。
寝ていることが多いジロちゃんだけど、人に好かれやすくて、「しょうがないな」って言いながら、いろんな人が世話を焼いていた。
私もその中の一人だった。
そして、席替えで隣同士になったのがきっかけで仲良くなって、放課後にはよく一緒に遊んだ。
遊びに行った先で、寝てしまったジロちゃんに困らされたこともあったけど、それも今では楽しい思い出だ。
「……なまえ…」
「ジロちゃん? 起きたの?」
顔を覗き込んでみるけれど、ジロちゃんは目を閉じていて、まだ夢の中だ。
「これ、超オススメ…だから、食べ……ぐぅ…」
ジロちゃんの寝言に思わず笑ってしまう。
どうやら、夢の中ではもう一緒にケーキを食べているらしい。
窓から差し込む太陽の光に照らされているジロちゃんの柔らかな髪を撫でる。
このまま寝かせてあげたい気持ちもあるけれど、私も一緒に楽しい時間を過ごしたい。
私は可哀相に思いつつも、ジロちゃんの触り心地の良い髪から手を離して肩を揺する。
「起きて、ジロちゃん。」
みんなに愛される
(2015.05.25)
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