2/2 ヒロイン視点 「そういや、参謀に弁当を作ってやったりはせんのか?」 「仁王先輩……それはハードルが高すぎます。高級料亭で出されていそうなお弁当には敵いません。」 柳先輩がいつも持ってくる立派な三段のお重箱の中身を思い出して、ガクッとうなだれてしまう。 見た目も綺麗で味も絶品で(柳先輩がいつも分けてくれる)、私が作ったお弁当なんてとてもじゃないけど渡せない。 「同じようなもんを作る必要はないじゃろ。というか…お前さん、料理は出来る方なんか?」 「ええと……普通くらいの腕はある、と思います。かろうじて。」 「…まあ、頑張りんしゃい。」 「はい…」 少し落ち込みながら家から持ってきたタンブラーのお茶を飲む。 もし作るのなら、おいしいものを食べてもらいたいけれど、今のままでは難しいと思う。 頑張って料理の腕を上げようと、ひそかに決意していたら、ぽんと頭の上に大きな手が乗せられた。 「参謀はお前さんが作ったもんなら何でも喜んで食べるじゃろ。…まあ、もっと手っ取り早く喜ばす方法は他にあるがの。」 「そんな方法があるのですか? どんな…」 パッと顔を上げたら、仁王先輩は内緒話をするみたいに私の耳元に口を近づけてきた。 「下の名前で呼んでやればいいんよ。」 「…それだけ、ですか?」 きょとんとしながら、顔を離した仁王先輩を見る。 「お前さんは参謀に名前で呼ばれたら嬉しくなか?」 そう聞かれて、柳先輩の優しい声で名前を呼ばれるのを想像したら、一気に頬が熱くなった。 「うっ、嬉しい、と思います。」 ちょっと想像しただけなのに、すごく照れてしまうけれど。 「ククッ…耳まで赤いぜよ。」 また頭をなでられたと思ったら、急に仁王先輩の手が止まった。 「何をしている。」 いつもより低くて硬い声に驚いて、うつむいていた顔を上げると、柳先輩が仁王先輩の手首を掴んでいた。 「さてと、邪魔者は去るとしようかの。じゃあの、みょうじ。ごちそうさん。」 「あっ、はい。どういたしまして。」 仁王先輩はお弁当箱とフォークを私に返すと、銀色のしっぽを揺らしながら屋上を去っていった。 入れ替わりに、柳先輩が私の隣に座る。 「仁王と何を話していたんだ?」 「そ、それは…ええっと……いろいろです。」 ちらりと柳先輩を見ると、わずかに眉を寄せていた。 「俺には言えないような事なのか?」 「いえ、そういうわけではありませんが……あのっ、柳先輩。」 「…何だ。」 膝の上のお弁当を両手でぎゅっと握りしめる。 「すごく急なのですが……下の名前でお呼びしたら、ご迷惑でしょうか?」 よほど意外なことだったのか、柳先輩は伏せた睫毛を数回瞬かせた。 「それは勿論構わないが…」 「ありがとうございます! では、……れっ…れ、ん…れん…」 さっそく呼ぼうと思うのに、どうしてか口がうまく動いてくれない。 「少し、待ってください…っ」 一人であせってしまっていると、温かい手が頬に触れた。 「無理をして急に呼び方を変える必要はない。」 繊細な指先が優しく私の頬をなでる。 こういうふうに触れられることにはまだ慣れなくて、すごく恥ずかしい気持ちになってしまう。 「でも…、呼びたいです。」 すぐには治まりそうにない頬の熱さを感じながら柳先輩を見つめる。 本当は、仁王先輩に言われる前から思っていたことだから。 ――大好きな人のことを名前で呼びたい。 ――大好きな人に自分のことを名前で呼んで欲しい。 そう思うのは、自然なことではないだろうか。 「では、気長に待っているとしよう。それでいいだろう、なまえ。」 「っ……」 ただ、名前を呼ばれただけなのに。 それだけのことなのに。 さっき想像したよりも、ずっとずっと嬉しい。 「……が、頑張ります。」 「ああ、期待しているぞ。」 柳先輩は静かに笑って、熱を持つ頬から離れた手が風に揺られる私の髪を柔らかくなでた。 ※『カンガルーポー』は仁王くんの誕生花(12月4日)の一つで、『いたずら好き』はカンガルーポーの花言葉の一つです。 ← |