2/2 ヒロイン視点 「どこが分からないんだ?」 蓮二くんは背中から覆いかぶさるようにして、イスに座っている私の肩越しにノートを覗き込む。 制服越しに体温がほのかに伝わってきて、蓮二くんがいつも持ち歩いている匂い袋の香りが鼻先をくすぐる。 「なまえ?」 蓮二くんの落ち着いた声が耳をかすめて、すごくドキドキしてしまう。 「っ、…あ、あの……五問目の問題が…途中から、どう解けばいいのかわからなくて…」 あわててノートのページをめくって、解きかけの問題を見せる。 「ああ、これは…」 蓮二くんは耳まで赤くしている私の手からシャーペンを取って、問題を最初から解きながら説明してくれる。 だけど、私はそれどころじゃなくて、ちゃんと聞かなきゃいけないのに集中できない。 「なまえ、聞いているのか?」 「あっ、はい! ……すみません、聞いていませんでした。」 こんな状態で集中するなんて、絶対に無理だ。 「仕方無いな。もう一度説明するから、今度はちゃんと聞いているんだぞ。」 蓮二くんの声はどこか楽しそうだけど、私は恥ずかしくてたまらない。 こういう感じで、最近の蓮二くんは私との距離が近いし、以前よりも私に触れることが多くなった。 私たちは付き合っているのだから普通のことなのかもしれないけれど、慣れていない私はすぐにいっぱいいっぱいになってしまう。 蓮二くんならそんな私のことくらいわかっていると思うのだけれど、控えてはくれない。 それは、私が恥ずかしいだけで少しも嫌だとは思っていないこともわかっているからだろう。 「少し休憩にするか。」 かちこちに固まっていると、蓮二くんは私から身体を離して隣のイスに腰を下ろした。 「あまり詰め込み過ぎても良くないからな。今日のところは基礎を集中的にやって終わりにしよう。」 「…は、はい。」 密着している状態から解放されてホッとしたけれど、少し淋しいような気もする。 「なまえ、手を出してくれ。」 言われるままに両手を出すと、手のひらに小さな和紙の包みが乗せられた。 「蓮二くん、これは…?」 「金平糖だ。甘い物は好きだろう?」 「わぁ、ありがとうございます! さっそくいただいてもよろしいですか?」 「ああ、勿論だ。疲れた時の糖分補給にも丁度良いからな。」 ちょうちょ結びにされている紐を解いて、涼しげな水色の和紙を広げると、色とりどりのこんぺいとうが入っていた。 可愛らしい見た目に思わず笑みがこぼれる。 「いただきます。」 黄色の星屑を一つだけつまんで口に入れ、軽く歯を立てると簡単に砕けた。 シャリシャリと溶けていって、優しい甘みが口に残る。 「あの、蓮二くんも食べませんか? とてもおいしいのですが、一緒に食べたほうがもっとおいしいと思うんです。」 「…そうだな。」 長い指が桃色のこんぺいとうをつまむのを見ていたら、蓮二くんはそれを自分じゃなくて私の口元に持ってきた。 初めてのことじゃないからすぐにわかったけれど、やっぱりこれは恥ずかしい。 だけど、困ったような視線を送っても、蓮二くんは静かに微笑み返すだけだ。 (私があきらめるしかない、よね。) ぎゅっと目をつむり、ひかえめに口を開ける。 蓮二くんがふっと笑った気配がして、小さな星屑が口の中に転がり込んできた。 パッと下を向いて柔らかな色合いのこんぺいとうを噛みくだくと、なんだかさっきよりも甘いような気がした。 頬の熱を持て余していると、隣でかりっと小さな音がして、蓮二くんがこんぺいとうを食べたのがわかった。 ※タイトルに入っている『天下無敵』は桃の花言葉の一つです。 ← |