ヒロイン視点 三年生の教室がある三階に来ていた私は、用事が済んで自分の教室に戻るところだった。 「柳先輩!」 「なまえ? どうしたんだ、こんなところで。」 階段を下りようと一歩踏み出したところで階段を上がってきた柳先輩に会った。 「うちの部長に聞きたいことがありまして、クラスを訪ねてきたところです。」 「ああ、そうだったのか。」 たんたんと軽い足音をさせて階段を下りていって、柳先輩とだいたい同じ目線になったところで止まる。 柳先輩は背が高いし、私はこれから成長期が来るらしく、二段分くらいの身長差がある。 「フッ…何か新鮮な感じがするな。」 「そうですねっ」 いつもより目線が近くて、なんだか嬉しいなと思っていたら、それは柳先輩も同じだったみたいだ。 「あのですね、今日は午後から家庭科の授業で、お菓子作りをするんですよ。」 「ああ、一年生の調理実習はお菓子作りだったか。」 「はい。それで、作ったものを放課後にお持ちしても大丈夫でしょうか?」 「勿論だ。楽しみに待っている。」 放課後になって、私は真っ先に柳先輩のいる生徒会室に向かった。 「失礼します。」 コンコンとドアをノックして、入室の許可があってから開けると、中には柳先輩しかいなかった。 「態々すまなかったな、なまえ。」 「いいえ、私こそごめんなさい。お忙しかったんですよね?」 「いや、少し確認しておきたい事があっただけだ。それよりも、俺としてはお前が手に持っている物が気になるのだがな。」 もう仕事は済んだようで、柳先輩はノートパソコンを閉じて立ち上がる。 「私の班は塩サブレを作ったんですよ。」 近付いてきた柳先輩に、友達から袋とリボンを分けてもらってラッピングしたサブレを差し出す。 「有難う。今食べても?」 「はい、もちろんです。……どうかされましたか?」 私が両手に乗せて差し出しているサブレ入りの袋を、なぜか柳先輩は受け取ってくれない。 「こういう時は、食べさせてくれるものだと思うのだが。」 「え……えぇっ?!」 ぜんぜん予想していなかった柳先輩の言葉にびっくりしてしまう。 目をぱちくりさせている私を、柳先輩は淡い笑みを浮かべて見つめる。 そういうのが普通かどうかは置いておいて、柳先輩がこんなことを言うなんて初めてだ。 もしかして…甘えられている、のだろうか。 そうだったら嬉しいと思う。 いつも私が甘えてばかりだと思うから、少しでも柳先輩を喜ばせてあげたい。 ドキドキと落ち着かないけれど、頑張って綺麗に結んだリボンを解いて、袋の中から丸い形のサブレを一枚取り出す。 「ど、どうぞ…」 すごく恥ずかしくて緊張しながら、少し厚めのサブレを柳先輩の口元に近づける。 「ああ、頂こう。」 柳先輩は少し身を屈めて、私が指先でつまんでいるクッキーをかじった。 「……お味はいかがしょうか?」 もちろん味見はしているのだけれど、柳先輩の口に合うかはわからなくて不安になってしまう。 「美味しいな。控えめな甘さと塩気のバランスが良い。」 「お口に合ったのなら良かったです。」 ほっとして少し気を抜いた途端、柳先輩は私の手から残りのクッキーを食べた。 かすかにだけれど、指先に柳先輩の唇が触れて感触があって、私は耳まで真っ赤になる。 それをわかっているのだろう柳先輩はが笑みを深くするから、ますます恥ずかしくなってしまう。 「では、残りも大事に頂くとしよう。」 「あ……はい、どうぞ…」 柳先輩はサブレの入っている袋と一緒に解かれたリボンも私の手から取り上げる。 大事そうに包みを持った柳先輩が空いているほうの手で熱くなっている私の頬に触れた。 「お前は…本当に可愛いな。」 柳先輩があんまり綺麗に微笑むものだから、私は恥ずかしさも忘れて見とれてしまった。 ※タイトルに入っている『あなたの虜です』は桃(花)の花言葉の一つです。 ← |