君が傍にいると心が和む

※本編中の話

跡部視点


「私ってポーンから昇格できたかな?」

放課後に俺の部屋でティータイムを楽しんでいると、ティーカップを置いた彼女が脈絡もなく聞いてきた。

急にどうしたんだと考え、以前―まだ付き合っていない頃―にした会話を思い出した。

この話を振ってきたのは二学期が始まって生徒会選挙が控えているからだろうと察する。

「自分ではどう思うんだ?」

「それは…」

隣に座っている彼女は質問で返した俺を見上げて少し困った顔をする。

「どうなんだよ?」

わざとらしく口の端を持ち上げて追い打ちを掛けてやる。

「その、……ビショップくらいになれていたらいいな、なんて。」

想定内の答えに、くつりと喉の奥で笑う。

すると、彼女は甘いものに逃げるつもりなのか、プレートの上のミルフィーユにナイフを入れた。

一口サイズに切り分けたそれを口に運び、思わずといった風に顔を綻ばせる彼女。

俺の視線に気付いた彼女が顔を背けるが、耳の端が赤く染まっているのが髪の隙間から見えている。

それは指摘せずに、俺は紅茶を一口飲んでカップをソーサーに置いた。

「俺様がキングなんだから、お前はクイーンに決まっているだろうが。」

「何だか話がすり替わってない? …どのみち、私にクイーンは無理だと思うな。私じゃ景吾くんに敵わないんだから。」

クイーンが最強の駒だとされていることに関係づけて言っているのだろう。

だが、未だに彼女は分かっていない。

「分かってねぇな、なまえ。俺はお前には弱いんだぜ。」

ほのかに熱を帯びている頬に手を添えて自分のほうを向かせ、彼女にだけ見せる顔で笑いかける。

「っ、……そういうの、ずるい。」

恥ずかし気に目を伏せる彼女の頬を優しく撫で、頬を辿った指先で顎を捕らえる。

俺が顔を寄せると、彼女は逃げる素振りも無く目を閉じた。

柔らかな唇を何度も啄むように味わう。

口付けに集中している彼女の左手を取り、用意していたリングを人差し指に嵌めた。

小さく音を立ててから唇を離してやると、彼女は自分の左手を確認した。

「…綺麗。」

ティアラの形を模した繊細なデザインを、彼女は一目で気に入ったらしい。

彼女はリングを右手の指先で大事そうに撫でてから、左手を自分の目線の高さに翳した。

上品なピンクゴールドのリングに据えられている紅い石が窓からの光を反射して輝く。

「景吾くん、ありがとう。」

柔らかく笑う彼女に、目を細めて笑みを返す。

「こっちの方が似合うと思ったからな。」

数日前のデート中に寄った店で彼女はクラウンモチーフのリングを見ていたが、相応しいのはティアラだろう。

「よく見てるね、景吾くん。」

「お前の事は特にな。」

喜んでいる様子を見て満足していると、何故か彼女は困ったように笑った。

「あのね、すごく嬉しいんだけどね、いつもプレゼントを貰ってばかりなのは…」

「遠慮するなと、いつも言っているだろう。」

続くだろう言葉を遮って言えば、彼女は更に困った顔になる。

「俺は自分のしたいようにする。だから、お前は素直に喜んでろ。」

「……やっぱり景吾くんには敵わないよ。」

諦めたように小さく笑った彼女が俺に触れるだけの口付けをする。

「ただ、もう少し控えてね? そのうち私の部屋がプレゼントで埋もれちゃう。」

大袈裟に言う彼女だが、これまでに似合いそうだからと色々なものをプレゼントしてきたのは本当で、配慮が必要だったかと思い至る。

「それなら、うちに専用の部屋を用意する。」

「どうしてそうなっちゃうの?」

「この話はもういいだろ。それより、…」

先程のだけで満足できる筈もなく、俺は彼女の髪に指を差し込んで顔を引き寄せた。


(2024.08.18)
 

【ミルフィーユ】
ミルフイユ、ミルフォイユとも。フランス発祥の菓子。歴史ある菓子であり、形状や製法も様々なものがあるが、現代では3枚のパイ生地の間にクリームを挟み、表面に粉砂糖がまぶされたものが多い。中に挟むクリームは、カスタードクリームを使うのが一般的だが、生クリームやバタークリーム、ジャムなどで作ることもある。

【人差し指につける指輪(インデックスリング)】
人差し指は何かを指し示す指であり、行動力や自立心を象徴するとされている。
右手の場合は、集中力やリーダーシップを高めるという意味がある。左手の場合は、積極性や精神力を高めるといった意味があるほか、縁結びの効果があると信じられている。

【ティアラリング】
花嫁の冠を意味するリング。ティアラモチーフは「永遠」を意味し、女性としての美貌と栄光を叶えるとされている。婚礼の際にも女性に好まれ、恋愛成就のシンボルでもある。
※なお、クラウンモチーフは無上の栄誉として最高の地位や権力を象徴するもの。成功・幸運・勝利・栄光など、様々な幸福をもたらしてくれると言われる。

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