君が傍にいると心が和む

※本編より前の話

ヒロイン視点


改めて見るまでもなく、跡部くんが生徒会長になってから新設したという給湯スペースは立派な造りだ。

生徒会室の内装に合ったデザインのシステムキッチンに、食器棚や冷蔵庫、それにオーブンレンジもある。

そして、食器棚には食器類の他に跡部くんが持ってきた紅茶の茶葉なども収納されている。

役員なら好きに使っていいと言われているから、今日はそれで紅茶を淹れてみた。

これまでは自分で用意した茶葉で練習していたけれど、それなりに慣れてきたから、思いきって挑戦してみたのだ。

きっちり手順を守って淹れた紅茶に、緊張しながら口をつける。

湯気を立てているマグカップから口を離した私は、他に誰もいない生徒会室で小さく息をついた。

ふわりと紅茶の良い香りが鼻を抜ける。

「けっこう上手く淹れられた、かも?」

思わず声に出してしまったけれど、手応えを感じたことは確かだ。

もっとも、私が普段から飲んでいる紅茶よりも上等な品だから美味しい、というのもあるのだろうけれど。

もう一口飲んで口元を緩ませていると、扉が開けられる音がした。

マグカップを持ったまま扉のほうを向けば、我らが生徒会長様のお出ましだった。

「跡部くん、こんにちは。」

「今日も早いのな、みょうじ。……良い香りだな。」

「これね、跡部くんが持ってきてくれた紅茶を頂いていたの。……その、私で良かったら淹れようか?」

「お前が?」

私の言葉は予想外だったのか、跡部くんは器用に片方の眉だけを上げた。

「実は……練習中だから、跡部くんに味見してもらいたいんだよね。」

そわそわと落ち着かなくて、まだ中身の残っているマグカップを両手で握り締める。

「構わないが、俺は甘くないぜ?」

「! うん、よろしくお願いします。」



淹れたばかりの紅茶と頂き物のカヌレを跡部くんが座っているソファーの前のテーブルに並べる。

「お待たせいたしました。」

「ああ、ありがとうよ。」

さっきから緊張しっぱなしの私は「どういたしまして」と言って、空になったトレーを両手で抱えながら立ち上がった。

跡部くんの反応が気になるけれど、じっと見ているのは失礼だろうと、トレーを戻しに行く。

他の役員がまだ来てない生徒会室は静かで、陶器のぶつかる微かな音がやけに響いて聞こえた。

「及第点といったところか。」

「本当?!」

足を止めて弾かれたように振り向いた私を見て、跡部くんが僅かに苦笑する。

「喜び過ぎだろ。言っておくが、褒めてはねぇぞ。」

そんなふうに言いながらも、跡部くんはもう一度ティーカップを傾ける。

「それでも合格は合格なんだよね?」

跡部くんから評価が嬉しくて、笑顔になってしまうのを止められない。

「それに、次はちゃんと満足してもらえるように頑張るから。」

そう宣言して、もっと練習を重ねて跡部くんに文句なしの合格点をもらおうと決意を新たにする。

「フッ……まあ、期待しておいてやるよ。」

「うんっ、楽しみにしててね!」


(2024.03.10)
 

【カヌレ】
フランスの洋菓子。カヌレは略称で、カヌレ・ド・ボルドーのこと。蜜蝋を入れることと、カヌレ型と呼ばれる小さな型で焼くことが特徴である。外側は黒めの焼き色が付いており硬く香ばしいが、内側はしっとりとして柔らかい食感を持つ。

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