まだ恋を知らない | ナノ


跡部視点


自室のソファーで寛ぎながら洋書を読んでいたが、ページを捲る手は進まない。

本を閉じて高い天井を見上げる。

脳裏を過ぎるのは、みょうじの頼りなく揺れた瞳だ。

あれ程に感情を露わにしたみょうじを見たのは初めてだった。

そんなみょうじを前に俺は、どうしていいか分からず、ただ抱き締めてやることしか出来なかった。

「……くそっ…」

自分は、もっと器用な人間だと思っていた。

それがどうしたことか、この様だ。

儘ならない。

みょうじに関することは、一つとして。

あの強さを秘めた真っ直ぐな瞳が好きだと思った。

だが、その奥に見えた脆さと翳り。

それを見てからは守ってやりたいと思った。

「なまえ…」

初めて口にした名に応える人は居なくて、すぐに空しくなった。

あの日、屋上でみょうじに言い放った自分が、今では滑稽だ。


● ● ●


その姿を見るのは何日ぶりだろうか。

何となく向かった中庭でみょうじを見つけた。

隅のほうにあるベンチに座って本を読んでいるみょうじは、まだ俺に気付いていない。

会いたかった筈のみょうじに声をかけることが、少し躊躇われる。

柄にも無く臆病な自分に呆れてから、足を踏み出す。

「隣、いいか?」

「っ…、……どうぞ。」

俺が声をかけると、みょうじはビクリと肩を揺らした。

その反応に苦いものを感じながら、俺は少し間を空けてみょうじの隣に座った。

「昼休みはいつもここにいるのか?」

本に目を落としたままのみょうじの横顔を見つめる。

「毎日、ではない。」

平坦な、けれど硬さを含んだみょうじの声が耳に痛い。

だが、言葉が返ってくるだけマシか。

「そうか。……ところで…」

「邪魔しないで。」

「…悪かった。」

みょうじの眉が顰められたのを見て俺は口を噤んだ。

きっと、少し前の俺ならそんな反応など気にも留めなかっただろう。

だが、今は――

隣にいても遠く感じるみょうじを、俺は黙って見つめた。



大切な人だから

無闇に踏み込むことなど、出来ない。


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -