まだ恋を知らない | ナノ


ヒロイン視点


私は急に降り出した雨に打たれていた。

いつも通りに家を出た時は晴れていたが、学校をサボった罰が当たったのだろうか。

いや、ちゃんと学校には向かった。

けれども、途中で足が止まり、どうしても先に進めなくなってしまった。

最近は色々な事が多過ぎて、きっと許容量を超えてしまったのだろう。

だから、嫌だった。

他人とは深く関わりたくなかった。

特に、跡部には近付きたくなかった。

自分の弱さを思い知らされるから。

いくら虚勢を張ったところで、化けの皮は剥がれてしまう。

自分が惨めだ。

「……っ…、…………うっ…」

私は喉の奥からせり上がってくるものを抑え切れず、雨が隠してくれることを願って泣いた。



雨は止んだが、私は家には帰らずに当ても無く歩いていた。

不意に、水を跳ね上げて走ってくる音がした。

「みょうじ! 何やってんだ、こんなに濡れやがって!」

俯いていた顔を上げるよりも先に怒鳴られ、逃げようとする暇もなく抱き竦められた。

選りにも選って、最も会いたくない人に。

どうして、ここにいるのだろう。

「無断でサボりやがって…何かあったかと思ったじゃねぇか。」

「っ…、離して!」

身を捩って抵抗する私を跡部は離すどころか、更に強く抱き締めてくる。

私の冷えた身体に伝わってくる体温に、胸が苦しくなるのは何故なのか。

「心配させんじゃねぇよ。」

その言葉に、既に止まっていた筈の涙が零れたのは何故なのか。

私には分からない。


● ● ●


学校には来たが、授業を受ける気にならず、私は屋上で時間を潰していた。

髪や制服が汚れる事には構わず、コンクリートの地面に仰向けになって空を眺める。

いや、少し雲の多い青空は目に映ってはいるものの、頭の中は別の事に占領されていた。

あの雨の日以来、跡部には会っていない。

この広い学園内で、意図せずに特定の人物に会う確率は元々低いのだから。

「……情けない。」

醜態を晒した。

一体、どう思われただろうか。

幻滅されてしまったのではないのか。

私が泣き止むまで傍にいてくれた跡部は、何も聞かなかったし言わなかった。

「……嫌だな。」

今迄なるべく考えないようにしていたのに、先程から跡部のことしか考えていない。

その理由を、きっと私は解っている。

この胸に生まれかけた気持ちを何と呼ぶのか、もう気付いている。

けれど、答えに辿り着きそうな思考を無理矢理に断ち切った。



蕾のままでいて

私には必要の無い感情なのだから。


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