まだ恋を知らない | ナノ


跡部視点


「チッ…」

生徒会室で提出された書類のチェックをしていたが、ミスや不備があって仕事が捗らない。

「使えねぇ奴らだな。」

そう零すが、苛々する本当の理由は別にある。

仕事の手を休め、座っている椅子に身体を預けた。

「何なんだ、アイツは。」

アイツ―みょうじは少しも俺を見ようとはしない。

どうしたものか。

考えたところで答えは簡単に出ない。

何故なら、俺はみょうじのことを知らないに等しいのだ。

「らしくねぇな。」

グダグダと考えていて、ふと気付く。

別に、俺は時間をかけて相手を落とすのは嫌いじゃない。

それなのに、何故こんなに焦れているのか。

みょうじのことになると、どうにも調子が狂う。

俺はその理由を見つけられないでいた。


● ● ●


昼休み、生徒会室へ向かう途中で廊下の窓から偶然見かけたみょうじの姿を探し、裏庭の近くまでやって来た。

「!」

不意に女の怒鳴り声が聞こえ、嫌な予感が頭を過ぎる。

駆け出して、みょうじの姿を探す。

一秒でさえ惜しい。



「何してやがる!」

見つけた先、数人の女に囲まれていたみょうじは、その内の一人に平手を喰らっていた。

怒鳴りつけた俺に怯んだ女共には構わず、俺はみょうじの腕を掴んだ。



保健室まで来たものの、保健医は不在だった。

棚から勝手に取ったタオルを水で濡らしてみょうじに手渡す。

「ほらよ、これで冷やしな。」

「……有難う。」

みょうじは躊躇いがちにタオルを受け取ると、小さく礼を言った。

「二度目、だね。」

「…覚えていたのか。」

意外だった。

これまでのみょうじの態度から、あの日のことを覚えているとは思っていなかった。

「物覚えは悪くない。」

「そうか。それより、今のは…」

「違う。」

問おうとした俺の言葉を遮って否定した静かな声は酷く硬かった。

「仮にそうだとしても私は傷付かない。だから、君には関係が無い。」

「そういう事じゃ…っ」

言おうとした言葉を、俺は思わず飲み込んだ。

みょうじの瞳に、あの時のような強さは感じられず、代わりに暗い影が見えた気がした。

「…じゃあね。」

背を向けて保健室を出ていくみょうじを追い掛けられなかった俺の中に過ぎった感情は――



君を守りたい

そう思ったのは驕りだろうか。


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